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2007年5月14日、憲法改正の手続きを定める国民投票法が参院本会議で採決され、与党の賛成多数で可決、成立をしました。法施行は3年後、つまり2010年以降ということになりますが、いずれ自分の国の憲法の中身について、自分自身で何らかの判断を下さねばならない日がくるかもしれません。いえ、その日はきっとくるでしょう。その為に我々は何を準備しなければいけないのでしょうか。
それは自分の国の歴史を知ることです。自分たちの両親、その両親、そのまた両親の辿ってきた道のりを振り返ってみることです。たとえば柴咲コウと梶芽衣子は顔だけじゃなく歌声までそっくりだ、だから柴咲コウはポップソングなんかを唄うより「女囚さそり」シリーズを自らの主演でリメイクして劇中歌の「恨み節」や「女の呪文」をカバーすれば歌手のみならず女優としても一皮剥けるはず、ということを幾ら主張してみても、相手が梶芽衣子を知らなければ何の意味もありません。逆に相手が柴咲コウを知らない場合も一緒です。そこには歴史の断絶があるのです。
知ることすなわち、それは正しい道を進むということです。柴咲コウが平成版「さそり」にならず「女の呪文」をカバーする気配すらないのは、間違った道を進んでいるということなのです。彼女のみならず、彼女の周囲に彼女を正しい道へと導く者がいないのは、とても不幸なことだと思います。そうです、無知であることは不幸であることと一緒なのです。
さて、来るべき明日に不幸にならない為にも、我々は知らなければいけません。何を知らなければいけないのでしょうか。それは分かりません。なぜなら私もまた不幸である者の一人だからです。知らなければいけないことは山ほどあります。知れば知るほど、新しい疑問が生じてくることでしょう。もしかするとそれは、死ぬまで続く人間の業のようなものなのかもしれません。しかし、私は知ろうとすることを選びました。私の行為がたとえ私自身を幸せにすることがなかったとしても、それは必ず何らかの形で次の世代に繋がっていくと思うからです。それが新しい歴史を生んでいくのではないかと思うからです。
というわけでタマ坊のディスカバリー・ジャパン、第1回目は東京都府中市にあるにある府中市郷土の森博物館へと行ってみることにしました。

府中駅からバスに乗って約10分。府中市郷土の森博物館は江戸から昭和にかけて府中市内にあった建造物を多摩川沿いの広大な敷地内に移築復元した博物館です。

緑豊かな公園の中をのんびりと散策しながら府中の歴史について学ぶことができます。

旧府中町立府中尋常高等小学校にやってきました。昭和10年に移転建設された校舎を復元したものだそうです。よくわかりませんが中に入ってみることにしました。

1941年に改定された国語の教科書が展示してありました。

手を振る子供たちの絵の上に「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」と書いてあります。次のページには「ヒノマル ノ ハタ バンザイ バンザイ」と書いてありました。ここには展示していませんでしたが、算数の教科書では戦闘機や戦車で数の数え方を教えていたとの説明書きがありました。

昭和12年から16年にかけて本学校に通っていた島田和子さんの作文と習字が展示してありました。

天皇旗最敬礼。

戦争軍旗大砲。二重丸がいっぱい。

乃木大将旅順開城。明治38年1月2日、日露戦争での出来事です。後に「二百三高地」という映画が作られたりしました。

いも掘大根引。いままでの習字とはちがって素朴な味わいがあります。

昭和16年12月21日に書かれた作文。タイトルは「真崎大将」。興味深かったので全文を引用します。
大東亜戦争の真最中の12月20日の朝。「頭右」。小金井先生の号令で私たちは一せいに頭をむけた。 真崎大将はやさしい目で私たちに敬礼して下さった。私は此の間から真崎大将はひげのぴんとした東條総理大臣のやうな方だと思っていたらぜんぜんちがってやさしいやさしいおぢいさんでした。そんなことを考へているうちに大将は皆にむかへられて校門へ入っていっておしまひになりました。一点の雲もない冬の空。私たちは真崎大将がマイクロホンを前にお話なさるのをじっと聞いています。「此の大東亜戦争に勝つには国民が心を強く持たなければならない」と真崎大将はおとしよりなのにとても元気なこえでお話なさいます。「つよくなるといふのは己にかつことです」。私はふと国語第五で孔子が己にかつといふことを実行していたことを思ひ出しました。そしてこの真崎大将はやっぱり孔子様のやうにえら方(原文ママ)なんだと思ひました。それから大将は「えらくならなくてはならない。えらくなるといふのはうそをつかないことだ」とお話になりました。私は朝礼台の大将が神様のやうに見えました。私はこの言葉をまもって大東亜戦争の最後の勝利を得やうと思ひます。

戦後間もない頃の社会の教科書を閲覧することができました。

日本国憲法についての説明が書いてありました。これを読んだ島田和子さんははたして何を思ったのでしょうか。

戦前から戦後にかけての日本の歴史がタマ坊の頭の中をものすごい勢いで駆け抜けていきます。

廊下に徴兵検査所の風景を書いたボードがありました。

大事な部分が若干汚れていますが、とても大変なことが行われていたようです。いったい何を検査していたのでしょうか?

学校を出てしばらく外を歩いていると、水車小屋を見つけました。この地方に多かった「胸がけ式」という作りだそうです。

滝の前で佇むタマ坊。日本的情緒に浸っています。

素敵なお花畑がありました。

ふるさと体験館で勝手に幟で遊んでみました。

今度は竹馬で遊ぶタマ坊。心はすっかり童心に。


わーいわーい。

当時の農家の暮らしを勝手に体験してみました。

勝手にカゴを背負ってみます。

勝手にわらで遊んでみました。何となく背中が寂しいです。

というわけで、この日はとても有意義な一日となりました。歴史に触れる重要性をあらためて痛感した次第です。ところで柴咲コウが「女囚さそり」をリメイクする場合は夏八木勲の役は妻夫木聡が演じればいいと思うのですが、いかがでしょうか。どうでもいいですね。それではみなさん、さようなら。
取材・文/玉手秀明
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府中市、しかも郷土の森というチョイスがバンザイ、バンザイですね
影ながら応援しております。
Posted by 大学中退消防士 | 2007-06-01 21:28
応援ありがとうございます。初回からハードコアな内容にする予定でしたが、編集長と協議の末、やめました。そのうち府中市名物くらやみ祭りを通して「祭りとはそもそも何なのか」という問題に迫ってみたいとも思いますが、今度のくらやみ祭りは来年なのでしばらくはお預けです。
Posted by 玉手秀明 | 2007-06-02 00:17