中年になってわかったこと
小林辰巳

先日、三十五歳の誕生日を迎えまして、誰からも、お祝いのメールや贈答品をちょうだいすることも無く、誠にありがとうございました。

三十五歳といえばもう、人生半分です。立派な中年ですよ。

誕生日の三日前に、日頃の運動不足がたたったのか、洗面台で顔を洗おうとして屈んだときに腰に激痛が走り、そのまま動けなくなりまして。

なんとかおそるおそる立ち直り、おっかなびっくり忍び足で病院に行ったら「ぎっくり腰寸前」との診断。

ひとりぼっちで腰痛に身もだえながら、ひっそりと誕生日を迎え、そして俺、今日から、中年になる……。

唯一、母親からの「誕生日おめでとう(筋肉モリモリマーク)タバコとお酒はほどほどに(トラ)」というメールに、目から心の汗が……。

でもほら、会ったこともないマイミクから、バースデーメッセージをもらったりする昨今じゃないですか。ああ、そうかそうか……そっちか、そっちか……と。

とはいえ、そんな社交辞令に喜び勇んで返事したりするのもなんだか気恥ずかしい年頃なので、誕生日の三日後くらいに(どっきんどっきんしながら)ログインしてみたものの、足跡すら無く……。

これが俗にいう「mixi疲れ」なんですね。

マンコドナベ

歩いて帰ろう
稲葉ユースケ

最近、会社の仲間と呑みに行く機会が増えた。
増えたといっても月イチくらいなのだが、以前は半年に一度あるかないかだったので、まぁ“増えた”と言える。

酒の席では仕事の話もそれ以外の話も結構な盛り上がりをみせ、あっという間に時間が過ぎて終電に乗れないという事がしばしばある。
これには話の流れや仲間との付き合いから、なかなか席を立てないという私のナイーブな性格も災いしていると思うのだが、やはり一番は横浜に住む私が東京に住む仲間と東京で呑むという状況がイケナイのだと思う。つまりタクシーで帰れる人は時間の概念が無いのだ。
そして終電に間に合わないと始発を待つ事となり、結果として金銭的・肉体的なダメージを負うことになる。(始発を待つ間に呑み続けて出費がかさむし、睡眠時間が削られる!)

これはお小遣い制サラリーマンの私にとって致命的な事である。

では、このダメージを軽減するためにはどのようにしたら良いのだろうか?
まあ、これについてはいくつかの解決法が考えられる。


1.呑みに行かない

 これは無理。誘いを断れるほどの強さを持ち合わせていない。

2.終電に間に合うように帰る

 前述したようにナイーブなので難しい。
 時間が来たら「帰れコール」をしてくれる仲間が居れば可能か。

3.横浜で呑む

 たぶん誰も来てくれない。

4.終電が過ぎたら始発を待たずに歩いて帰る

 どのくらいの時間が掛かるのか試した事がないので何とも言えない。


という事で、ダメージ軽減の解決法として最も有効性が高そうな「4.歩いて帰る」をベストしたい。次回、終電に間に合わなかった場合。私は歩いて帰るとする。

ちなみに渋谷から自宅までの距離は20km未満で、1kmを10分(第二生理歩行・時速6km)で歩くとすると所要時間は200分を切る計算。これに「ほろ酔い」の目安とされる血中のアルコール濃度0.05~0.10%を加味しても220分(3時間40分)程度となる。

この結果に始発時刻の朝5時を照らし合わせると、深夜1時20分に渋谷を出発すれば始発より早く自宅に着くという事実が浮かび上がる。これは横浜に住む人々にとって福音とも言える結果ではなかろうか。

そして深夜1時20分といえば終電時刻である0時30分の50分後であり、その50分で呑める酒量などたかが知れている。恐らくは1杯600円の生ビールを2杯がいいとこであろう。つまり、金銭的なダメージも最小限に抑えられるという驚くべき結果が導き出されたのだ。

私はこの試算から、自信を持って終電を乗り過ごしたい。
東京の人みたいに終電の時間を気にせず呑んで、深夜1時20分を過ぎないように細心の注意を払いたい。そしてたった50分のために終電に乗らず、3時間半も歩く事になるであろう自分を励ましたい。


■Youtube - 90年ポンキッキーズ ED 歩いて帰ろう

古本文化終焉の日は近い。
玉手秀明

過日、池袋の商店街を歩いていたら、こんな貼り紙が目に飛びこんできた。

「全品半額セール実施中!」

古本屋の入り口にベタベタと何枚も貼ってある。どうせクズ本しかないだろうと鼻で笑いつつ中を覗いてみたら、あるわあるわ、お宝の山。すべて帯付初版本、保存状態超良好。もう買いまくっちゃいました。本当はもっと欲しかったけど、重くて持てそうになかったので個人的に思い入れの強い本、未読の本のみをじっくりとチョイスしてレジに突入。全部でたんまり12册。


・『壷中庵異聞』 富岡多恵子

・『とりかこむ液体』 富岡多恵子

・『少女たちの桜通り』 富岡多恵子

・『水獣』 富岡多恵子

・『行動と妄想』 野坂昭如

・『背徳ごっこ』 野坂昭如

・『エロトピア2』 野坂昭如

・『敵陣さらに深く』 野坂昭如

・『盆栽老人とその周辺』 深沢七郎

・『人間滅亡の唄』 深沢七郎

・『緑色の濁ったお茶あるいは幸福の散歩道』 山本昌代

・『悲しいだけ』 藤枝静男


これでたったの3500円。一冊300円にも満たない。半額とはいえ安過ぎる。これは今年一番の僥倖ではないかと多幸感味わいながら、浮き浮き気分で帰宅してパソコンを起動、ぼったくりで有名なアマゾンでは幾らくらいの値がついているのかと思って検索をしてみると!


ほとんど200円くらいで売られていました……。


別に金儲けをしようと思って買ったわけではないからいいけれど、学生時代に読んで感動した『水獣』や『緑色の濁ったお茶〜』とかが東スポ2日分くらいで売られているのを見ると(なぜか新刊の文庫の方が高かったりする)、かなり胸が痛みました。この中でかろうじて1000円前後で売られていたのは『壷中庵異聞』、『少女たちの桜通り』、『盆栽老人とその周辺』、『悲しいだけ』の4册のみ。まあ、元はとれたと居直るしかありません(後半の2冊は家の棚にあったので誰かにあげます……)。

で、どうしてこんなに安いのかと。若い世代の活字離れ、これ周知の事実。その裏で、古本コレクターが次から次へと死んでいるのではないかと。遺品は即古本屋で処分。市場に大量の古本が出回って、結果、供給が需要に勝ることとなり、お値段がどんどん安くなるって仕組み。実際、古本の値段はここ10年の間に半額どころか3分の1程度にまで落ちこんでいると知り合いの方に聞いたことがあります。自分が必死こいて集めた野坂本なんて小説よりもレコードの楽譜や写真集なんかが辛うじて購入時より値上がりしているくらい。映画とか音楽の趣味系の本はまだ何とか持ちこたえているものの、よほどの稀少本でなければほとんどが激安大セール中。藤枝静男先生じゃありませんけど、本当に「悲しいだけ」ですね。

全部ゴミです!

うつ病のセルフチェック法
小林辰巳

最近、何をするにも、やる気が起きない……というか、仕事のスタートにダッシュがかからない。

なんとか走り始めるものの、いまいち気持ちがそのスピードについていけていない。そう、ギアチェンジがうまくいってないような、空いてる国道を2速のまんま突っ走っている感じ。

面倒なので昼寝したい……と思う。んで、本当に昼寝する。だから、仕事がはかどらない。結局、明日出来ることは、明日、どころか、あさってくらいにする、いや、いまだにしていないこともある……。

んま、やばい! これ、うつ? 俺もようやく現代人の仲間入り? と思って、検索して「うつ病のセルフチェック法」というのを見つけてやってみたら……

病的な抑うつ状態といえるかどうかの境界レベル

というこれまたどっちつかずの微妙な結果になって、どうすりゃいいの? しゅん……。


このチェック方法の設問には、たとえばこういう選択肢があって……

0 将来に関して特に心配してはいない
1 将来が心配である
2 将来の展望がもてない
3 将来は絶望的で、状況が改善する余地はないと感じる

最近2、3日の自分の状態に対して、上の四つの中から当てはまる選択肢の左端の数字を足していくというもの。

単純な「加点方式」(点数が高いほど結果としてうつ傾向にある)ということがわかったので、途中から少しオーバー気味に高い点数の選択肢を答えてみたり、その答えの数字を計算機で足していたつもりが、ただ羅列していただけだったことに途中で気づいて、また最初からやり直したりして、合計21問。

俺、結構、やる気ある、と思った。

今日の夜は、ひとりで手巻き寿司にしよう! とまでも。

ありがとう! ヤンキー先生!

わざわざ暑い夏
稲葉ユースケ

暑い。暑い。

週末にかみさんの実家に帰った。
普通なら車で1時間40分程度の距離なのに7時間も掛かった。
お盆の真っ只中に車で移動する方が悪いのかもしれないがあまりにも酷過ぎる。

渋滞は事故を呼び、温暖化を増長し、精神衛生上も良くないなど、なんらメリットが無い。どうにかならないものなのか?でもまあ、それは日本道路公団に任せようと思う。暑いし。

+29℃

最近こういうの(↑)を見かけるのだけど、わざわざ暑苦しいよね。

空気を読むのって本当に難しいですね。
玉手秀明

最近、テレビのお笑い番組等でよく聞く「空気を読む」という言葉。「空気」というのは「その場の気分、雰囲気」という意味、「読む」とは「察する」という意味で、続けると「その場の気分、雰囲気を察する」という意味になる。実際につかわれる場合は「誰々(もしくは特定の集団)は空気を読まない」と否定形でつかわれることが多く、おそらくテレビタレントの誰かが多用しはじめた言葉だと思うが、あまり詳しく調べてみるつもりはない。いや、一切ないといっていい。ただ、この言葉はいまの時代を象徴するキーワードの一つとなっていることは確かだと思う。

たとえばある一つ話題で盛り上がっている集団(数人から数十人程度)がいたとして、その盛り上がりを著しく損なう発言ないし行動を取った者、これは「空気を読まない」者になるらしい。ただ、その判断はあくまで当集団内において為されるものであって、その集団が満員電車内でギャーギャーピーピー騒いでいたとして、それをいさめるつもりでその内の誰かが「その盛り上がりを著しく損なう発言ないし行動を取った」としたら、その誰かは集団内では「空気を読まない者」になるかもしれないが、一方で満員電車内のその他の客(百人程度)にとっては「空気を読む者」になる可能性もあり得る。これはなかなか面白い。

そもそもなぜ「空気」なんてものを読んだり読まなかったりしなければいけないのかというと、人間なんて放っておくと好き勝手なこと(盗んだり殺したり)をし出すから、ある一定の秩序が必要だと。その秩序というのは昔から偉い人が宗教とか法律を作って大勢の人に広めてきたわけで、とここまで書いて、これはちょっと「空気」というのとは違うな、と思った。いま書いてみたのは「空気」というよりむしろ「規範」で、「空気」はもっと及ぶ範囲が狭いというか、その場、その場で即興的に立ち上がってくるものだから、うまく言葉で説明することができない。それくらい「空気」はややこしい。ただ「規範」も「空気」も特定の集団内に同調の圧力がかかるという点では一緒で、その枠からはみ出ると非常に恥ずかしい思いをしたり、それなりの罰を与えられたりする。

つまりテレビのお笑い番組等で「空気」を読む読まないなんて言葉がよく聞かれるのは、そこで絶えず同調の圧力が生じているからであって、まあ、それがないと番組の進行が滞ったりして大変だろうからしかたがない部分もあるにせよ、一方でお笑いとは世間一般に何となくある雰囲気とか気分を小馬鹿にする、転倒させるからこそ痛快なのだという一面もあるはずで、だからこそその場の「空気」を絶えず膠着状態に陥らせるタモさんの駄々っ子ぶりや、「空気」そのものをぶち壊してしまう爆笑問題太田の毒舌なんかに自分は爽快感を覚えるのだけれど(おそらく意図的にそれをやっているというのも含めて)、最近のダウンタウンがいまいち昔ほど面白くないと思えるのは、かつて何かをぶち壊したり、膠着状態に陥らせていた彼らの芸が、いまは同調の圧力を増す方向へと転化しているからではないのか、と思ったりしたが、このむやみに屁理屈めいた長文を書くこと自体も、立派に「空気」を読んでいない行為かもしれないので、本当はもっといろいろと書きたいことはあるけれど、本日はここら辺でごめんください。

僕は反応した
稲葉ユースケ

先週、久しぶりに風邪を引いた。
だけど仕事は休めない状況。
頭がボーっとして、力が入らない。
でも、ここで倒れるわけにはいかない。
そこで思い切って「ニンニク注射」の投与を決断。

テレビでその存在は知っていたけど、実際のところどうなのか。
本当に元気になるのだろうか?

1本1,500円の注射針が静脈に突き刺さって数秒後、ものすごいニンニク臭が喉の奥からせり上がり、さらにその数秒後には軽い動悸に見舞われた。
むむっ、これはかなりの影響力。

でも、弱った体にはちょっと刺激が強いみたい。

頭はボーっとしたまま、身体だけが反応した。

その夜、風邪を引いてるのに、抜かざるを得なくなった。

ブラックリバー・オブ・ナイトメア
玉手秀明

ぷい〜





ぷい〜





ブラックリバー・オブ・ナイトメア

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