家を売る
横山たみ子

もうじき引っ越すのですが、引っ越すのは大仕事なのですが、そのなかでもひときわやっかいなのが「家を売る」です。

家を売ると決めると、まず不動産屋に頼みます。ただ不動産会社に頼むのではなく、同じ会社内、オフィス内でも誰に頼むかは私たちが決めます。
というわけで、この家は、旦那が友達から紹介してもらったジェレッドという、きゃしゃなジョージマイケルみたいな、キュートな男の人が面倒を見てくれています。
彼は、年の頃は私たちくらい、2つ3つ若いかもしれません。南部訛りにゲイらしいアクセントもあり、私の携帯電話にもごもごメッセージを入れられるとさっぱり理解できないのがつらいのですが、この界隈の不動産に詳しく頼りになります。

不動産のエージェントを決めたら、家の前に「売家 誰々(エージェントの名前)不動産会社の名前 電話番号」など書かれた木の看板がどーんと立ちます。
その時点で、家の中を誰に見せてもいいように売家らしくきれいにしなくてはいけません。

これまた友達から紹介してもらったペドロというメキシコ人に、部屋のペンキを塗り替えてもらいました。この人は仕事が速く文句も言わず、頼むとすぐに来てくれて、その上とても安くてとても良かったです。驚くほど、東京で旦那が通っていたバーのマスター(日本人)にそっくりでした。
キッチンフロアを張り替えにきたアメリカンの60代らしきおじさんは時間にルーズな上、遅れてきた言い訳を「昨日の晩腹をこわした」と目をきょろきょろさせて言うので、「おじさん、酒だね」と思いながらうなずいていたら埋め合わせをするかのように丁寧な仕事をしてくれました。
それから、たくさんのものを処分して、家の中は今までになくきれいになりました。いいにおいもします。

家を見せる準備もできたら、この家に興味のある人が自分の不動産のエージェントと一緒に見に来ます。
その度に私は子供と犬を連れてこの家から出ます。
オープンハウス、という催しもあって、先週の日曜日にやったのですが、3時から5時まで誰でも見に来ていいよ、という看板を家の前にたてておいて、人が家の中を見られるようにするのです。
もちろん私たちは姿を消し、ジェレッドが客を迎えます。

というわけであわただしい夏をすごしています。
あと少しでここを去る実感がどうしてもわきません。

飼い犬は、6ヶ月間の待機期間を経て日本へ入る決まりになっているので、そのあいだ義母の家の近くの農家に預ける事に決めました。
箱入り娘な上に年老いているので心配です。

じきに
横山たみ子

じきにアメリカから日本へ引っ越すのですが、思うところはいろいろとあります。

アメリカに来たばかりの頃、何もかもが大きくて、それこそ道路ひとつとっても幅が広くて、人っ子一人歩いていなくて静かでさみしかったこと。
自動車に乗らなければどこへも遠くて行かれないのがいやでたまらなかったこと。

それが今ではすっかり慣れて、日本へ行くと、例えば電車の駅の階段で人がびっしり上ったり下りたりしていると、自分の行く方向を見失ってしまいますし、夜の11時に駅前を人がたくさん歩いていると、どうしてこんなに遅くまでにぎやかなのだと恐ろしくなってしまいます。
自分がこんなに新しい環境に慣れるとは思っても見ませんでした。
慣れ、というものに対して薄気味悪ささえ感じます。

環境が変わる事に対して、あれやこれやと心配事ややらなくてはいけないことがたくさんあるのですが、最近友達の家であったパーティで、隣にいた初めて会った人に「それでも君は外国であるここに住んで、ここのポジティブな部分を見つける事ができて、楽しむ事ができたのはすごくいいことだと思う」
と言われて、会ったばかりの人にそんなことを言えるのはすごい、と思いました。

トイレの話 その2
横山たみ子

トイレに思いを馳せるとです、どんな場所で排泄するのがよろしいか、気分がいいか、イメージは広がって行きます。
便器のなかに松の葉っぱが敷き詰められている、など素晴らしいのですが、やはり広い広い場所ではばかりなく、という夢も捨てがたい。
トイレをはばかり、と呼ぶくらいです。はばかるんですね、排泄時は。森の中や、公園の片隅で、こっそりはばかったことはありますが、あれをはばからずにやりたい。満天の星空の下でやったことがありますが、あれはとても良かった。
まじめに毎日楽しんで生きていれば、またそんな機会も巡ってくるだろう、と祈るような気持ちで思い出すのです。

子供ができるまでは、トイレの戸を開け放したまま排泄するなど、考えた事もなかったのですが、子供ができて、子供から目が離せなくなる。それから子供には、母親といつも一緒にいないと気が済まない時期があります。そんなことで、戸を開けたまま「ここだよー、おしっこしてるのよー」などと言って、便座に座って手を振るようになりました。
また、今住んでいる家は、トイレと洗面台と風呂シャワーが同じ部屋にありますから、歯磨きをしている横で別の誰かがおしっこ、ということは日常茶飯事です。

先日、息子の友達が家に泊まりにきて、子供たちが一斉に歯磨きをしていると、歯磨きを終えた私の長女がしゃべりながら便座に座っておしっこをしはじめました。
息子の友達に「あんたのお姉さんもこういうふうにおしっこする?」と聞くと「する」と答えました。
ただ、ウンチをするときは、子供たちも私も、談笑しながら、というわけにはいきません。集中しなくてはいけませんから。

この前、長女が友達の誕生日会に呼ばれてプールへ行ったのですが、そこのトイレで、娘のクラスメートが水着を膝までさげて、トイレの戸を開け放したまま、
「あーあたしげりしちゃったわ、参っちゃったわあたしげりよ。先週から頭が痛かったのよ、あのキャンプのときに風邪をひいたんだわ、そういえばおとといも吐いちゃったし、あーあたしげりしちゃったわ」
と延々と嘆きながら便座に座っていて、「おう、ここに強者がいた」と感心しました。

トイレの話
横山たみ子

あの、和式のトイレ、スリッパみたいな形をしてしゃがみ込んで用を足すトイレは、全国各地にたくさんあるのでしょうか。
それとも洋式の座るトイレに替わっているのでしょうか。

「もちろんもっと大きいんだけど、こんな形のトイレにしゃがみ込んでね」と、そのときはいていた靴を片方脱いでトイレに見立て、アメリカンの友達に和式のトイレの説明をしました。
改めてやってみると洋式に比べて、難しい姿勢を取らなくてはいけないんですね。
分娩のときには、仰向けに寝転がるか、横向きか、しゃがみこむか、立ってするか、いろいろありますが、排泄はそこにある穴に入れなくてはなりませんし、なんといっても排泄物は汚い、という思いがありますからバリエーションが少ないのだと思います。
いくら気持ちよくできるからといって、浴槽やプールのような水中でするのは後始末のことを考えるといやですものね。

とにかく、日本のトイレの説明を、お尻洗浄のお湯がピューッと出てくるのも含めて説明していると、友達が和式のトイレは排泄したものが的をはずれてトイレの外側にはみだすことばかり心配するので、よく聞いてみると、トイレの大きさが私の靴の大きさと同じだと思っていたらしいです。

この友達の夫が先週、家の外から電話をかけてきて、「今、息子が仮設トイレの中に野球のグローブを落としたんで、拾った!」と報告してきたそうです。
この夫はよく出先から電話をかけてきて、「今、車の接触事故を起こした」とか「今道路に犬がひかれていた」とか、いちいち報告してくるそうで、友達はへきえきしていて、「ねえ、そういうのをやめさせるにはどうしたらいいの? いちいち報告してきたときにおこったらいいの?」と途方にくれていました。
困ったものです。

折り合いのつかない
横山たみ子

「歯医者というものが私は怖いのです」と、大人になってから歯医者へどうしても行かなくてはいけないときは、歯医者に言うようになっていました。
「私はこの椅子に座っているのが好きではない」と伝えるだけで、恐怖がちょっとは薄らぐせいなのか。
どの歯医者も「なるべく痛くしないようにするから」と言って、麻酔をしっかり打ってくれます。
最近、歯医者にかかる機会があって、そこでもやっぱり「怖い」ことを伝えたら、おばちゃんの看護婦が麻酔の注射をするときに彼女の手を握らせてくれました。
わたしのように、歯医者が怖いという人はとてもたくさんいるのだそうです。

子供の頃怖くて痛い思いをしたせいで歯医者が嫌だ、というのは自分でもわかっていたのですが、この前、処置を待っているときに、歯医者の椅子に寝転がって隣で歯を削る音を聞いていたら、9歳のときに看護婦二人に腕を押さえつけられて麻酔なしで虫歯の治療をされた体験がひょいっと頭の中によみがえってきました。
それは怖いわ、と思いを新たにしたのですが、そのように気持ちに整理がついてもやはりこれからも私は歯医者が怖いです。
だいたい、ほとんどが皮膚で覆われた人の体、ここだけが「骨むき出し」みたいで、そこを人に削られるなんて。
それもちょっと動いたら、柔らかい粘膜に傷がついて血が飛び散るようなところを人に削られるなんて。

「今ちょっと困っていて」と私は友達に話していて、
「アメリカから日本へ引っ越しをするのに10歳の犬ももちろん連れて行くんだけど、血液検査を受けてから180日アメリカで待たせなくちゃいけないんだって。それか、日本へ連れて行ったら180日国内の犬を待機させる施設に入れなくちゃいけないんだって。
犬は事情がわかっていないし、飛行機に乗せるだけでも大変なのに、家族から離してどこかで暮らさなくてはならないときの犬の不安を考えると、、、」とそこまで言って、
「犬の不安」とか「娘の不安」とかそういうことを考えて、ここのところ口から棒でも飲み込んだような違和感があるんだなあ、と気がつきました。

子供の頃は、大人になるといろいろなことが怖くなくなるのだと思っていましたが、ある程度のことは簡単になってきますが、折り合いのつかない怖さだとか心細さだとかはなくなったりしないことがわかります。年をとっても同じなのではないかと思います。

移動
横山たみ子

私はもともと、身の回りを散らかしがちで、散らかっていてもそんなに気にならないほうです。
少しは気をつけるようになったのは子供を産んで、家で子供の世話をするようになってからです。

夫と一緒に暮らし始め、犬を飼い始めたころなどは、今考えると、服に「お前が犬か」っていうほど、犬の毛がたくさんついていました。
結婚した頃はお金もなくて、関西東京間の引っ越しのときには、借りた小さいトラックの荷台に派手な花嫁道具みたいにして荷物を積んで、そわそわ落ち着かない犬に眠気を払ってもらいながら、夫は夜の高速道路を走ったそうです。私はそのとき新幹線で一足先に引っ越していたのでしたが。

考えてみると私は学校を卒業してから4年おきくらいに引っ越しをしています。
何を好き好んで、といった気持ちがあるのですが、また、夏に長距離の引っ越しをすることになりそうです。
10歳になる犬を飛行機に乗せるのが心配です。いっそ服を着せて、ボンネットなどを目深にかぶせて、「長女です」と言って隣の席に座らせたいのです。

そして引っ越しにまつわる心配事はそれこそ山盛り、てんこもりです。

モールダラマ、ペッパースプレー
横山たみ子

このシロクマは、サンアントニオというところにある動物園からきました。


「モールダラマ」という自販機に2ドルを入れると、目の前で溶けたプラスチックが型の中で固まって、温かい状態で出てきます。





ご覧の通りシロクマの他に象やキリン、コアラなどもありましたが、財布の中に3ドルしかなかったのでひとつしか買えませんでした。
本当にもっと買いたかったです。


見づらいですが、左右から型が迫ってきてそれらがピタっとくっつくと、


すぐにシロクマが出てきました。


このくらいの大きさです。


関係ない事なのですが、付け足したい事があります。
この春、花粉症がひどくなって、私は尻に注射を打たなくてはいけないくらいせきばかりしていたのですが、レストランで食事をしていて、いつものように咳き込み始めて
エホエホエホ、と5回くらいせきをしたとき、レストラン中の人がみな、咳き込み始めたのに気がつきました。
気がついてからさらに3回くらいせきをして、一斉にみな、私も家族をうながし、50人くらいが外へ出始めました。
なんのガスだ?としばらく騒然としていたのですが、客の一人が彼の友人のキーホルダーをいじっていて、ライターだと思ったのか、ペッパースプレーという、護身用のスプレーをシュッと吹いてしまったのだそうでした。

ペッパースプレー、効きます。

花粉アタック
横山たみ子

ここ、アメリカ南部の街では、花粉が舞っています。きな粉と抹茶の間くらいの色で、全てがそんな色のフィルターがかかったように見えます。
花粉が空気にみっしりと含まれているのが目に見えます。口を開ければ味わえます。
車にも花粉は積もり、窓を掃除してくれるワイパーの液体はどこへ行っても売り切れです。
花粉だけでなく、どうやら花の蜜も降っているようです。車や家の壁などにスプレーをしたように小さく丸い蜜の玉が点々と散っています。
この辺は、本当に、ジャングルになりたがっているのだと思います。

私は東京のごみごみとしたところで育ったせいか、「緑があればすばらしい環境」と信じていたのですが、これだけ花粉アタックを受けると、植物を簡単に「緑」だなんて言えなくなってきます。これは「緑」などではありません。植物、とすら考えられない、未知のものです。

今年も花粉にいいようにやられていますが、最近私が使っている薬を並べてみました。

花粉アタック

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