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天童さんは「ふだんは新宿西口を拠点にしている」と言った。拠点といっても、もちろんそこに公が認めた彼の住居は存在しない。

ときどき地方の飯場(宿泊施設付きの土木工事現場など)へと出向き、そこである程度の金を貯める。そして都内に戻ると、ドヤ街(安い宿泊所が集まる場所)を転々とし、しばらく働かずに暮らす。
懐が寂しくなってくると、新宿・池袋・銀座など都内各地で配給されているボランティア(韓国系のキリスト教団が多いと言っていた)の食事にありつきながら、東京都庁の眼下に位置する新宿中央公園で野宿をするのだ。

天童さんは高校を卒業後、集団就職列車に乗って山形から上京した。

最初は写真製版(印刷関連)の会社に就職したが、長続きはしなかった。
その後、いくつかの職を経て、同郷の友人を頼って、十年ほど前に西武池袋線の某駅の立ち食いそば屋の雇われ店長となった。天童さんがひきずっている右足は、そのときの立ち仕事がたたったそうだ。

新宿西口にある拠点の青テント(新宿中央公園/Googleマップ)から、少しでもワールドカップの余韻に浸ろうと、駅前の雑踏をやり過ごし、ここ歌舞伎町まで歩いて来た天童さん。

私には、彼の右足が、よっぽどの重労働ではない限り、仕事に支障をきたすような状態には見えなかった。

なぜ、働かないんですか?
と、私は天童さんに訊きたかった。

無一文になる前に、職を探す。しばらく働いて(期間限定の条件もあるだろうが)ある程度の金が貯まったら、また自由気ままな生活に戻る、その繰り返し。

働く気力もあるし、働き口もある。
なのに、なぜ、働かないんですか? と。

しかし、私は最後までその言葉を、天童さんに投げかけることはなかった。
「じゃあ、なぜ、そんなに働かなくちゃならないんだい?」
逆に、そう、聞き返されそうな気がしたからだ。

天童さんの話を聞いていて一番意外に思ったことは、都(もしくは各自治体)のホームレスに対する福祉事業の手厚さであった。私が「手厚さ」などと言っては語弊があるが、天童さんはしみじみこう言った。
「冬はねえ、ホント、助かるよう……」

ホームレスにとって、冬場の睡眠場所の確保は文字通り死活問題である。
天童さんの話によると、東京都が運営している、彼らホームレスのための宿泊施設がいくつかあり、ある一定期間は誰でも無料で入居できるのだそうだ。しかも希望者には、都が借り上げた築年数の古いアパートの斡旋やその入居費用の補助や手続きなども行っているらしい。
しかし、天童さんは続けた。
「あんまり人(ホームレス)は、入っていないみたいだけどね」

そう、都が行っているのはあくまで「自立支援」である。
つまり、彼らにとっては、自治体からある一定の「援助」と「指導」を受け、最終的には社会生活において「更生」しなければならないからなのだ。
一度捨てたはずの社会に再び戻る気力、そしてその体力は彼らにとって幾ばくのものか。私には、近年問題化している「都会の孤独死」の一端が見えた気がした。

天童さんは、なぜ、働かないんですか?

「じゃあ、兄さんは、なぜ、そんなに働かなくちゃならないんだい?」

きっと、そのときの私には、こんなつまらないことしか言えなかったのだろう……

食うため、ですかね。
あっちが出てくりゃ、こっちが引っ込む情報社会。

ハンカチが出てくりゃ、ヨンが引っ込む。
この世から「酒」か「車」が消えない以上永久に無くなるはずのない酒気帯び運転で、トヨタとキリンを叩けるはずもなく、しかたなく公人をひっぱたくことだけに躍起になっている報道は、いったいいつ頃収束するのだろうか?

鳥が出て来た時にゃ、牛が引っ込んだ。
てか、鳥インフルエンザって、いつ終わったんだっけ?

だいたいさ、アメリカアメリカって騒いでるけど、アメリカ以外の牛肉が、いったいどれだけ安全なのか……。

肉だけ、って話でもないんだろうしなあ……魚、野菜、豆、小麦……そういや、カイワレは? ケータイの電磁波は?

ごたごた言ったって、どうせみんな、食ってクソして寝るだけで精一杯。

食い物の安全ひとつとっても、結局は全部お偉いさんに、おんぶにだっこなんだから。
いつの間にか雨は止み、周囲の雑居ビルから、人が溢れ出て来た。にわかに盛り上がりを見せるワールドカップドイツ大会、日本代表の初戦は敗北が決定したようだった。
天童さんと私は、歌舞伎町の路上で、缶ビール五本と缶チューハイ三本を空けていた。取材から戻って来た玉手副編集長は、報告もそこそこに、今度は暴徒化寸前の群衆に向かって走り出して行った。
「ああいうのが出てきたら、俺みたいなのが一番危ないから、そろそろ帰らないと……」と、寂しげな表情で天童さんは荷物をまとめ始めた。
「最後にひとつだけ……天童さんにとって『オトナの遊び』ってなんですか?」

「遊び? 遊びったって、俺わあ、働いてないしさあ、そんな、遊んじゃいられないよう……」
「いや、働いてないからこそ訊きたいんです。天童さんにとっての『オトナの遊び』を……それだけです」
無益のエネルギーでオトナの遊びをクリエイトする……
この『マガジンタイポ』のコンセプトである「オトナ」としての天童さんの「遊び」を、最後にぜひとも訊いておきたかった。
「遊び……、んー……、俺わあ、あんまり経験ないけどさ……。そんなもん、『オトナの遊び』って言やあさあ……ほらあ、はは、その辺の店でさあ、兄ちゃんたちがする遊びと同じだよう、ははは……」
そう言い残して、天童さんは背中を向けたまま右手を挙げ、拠点へと帰って行った。

天童さんにとっての「オトナの遊び」とは……その辺の店で……兄ちゃんたちがする遊びと同じ……。
そうだ。そういえばあの日、私は歌舞伎町に居た。
写真・文/小林辰巳 |