青森県在住・安藤まり子(仮名)の場合<3>
生活・生きる

話をしている途中で、“冷やし山菜うどん”さんは突然気を失いました。

初めて会った人が目の前でいきなり失神状態になるという、いかにも不合理な展開に、私は、なにかせねばと気がせいてはいるものの、どうしようもなく目の前のオシボリでテーブルを拭いたりしていました。

数分後、ううんううんと小さなうめき声を上げた“冷やし山菜うどん”さんは、かすかに身をよじり、それに合せて真っ白になった顔に徐々に生気が戻り始めたように見えました。

そして、ぱち、と目が開いたのです。





―――大丈夫ですか?

「…ええ」

―――水でも飲んでください。

「いただきますわ」

―――突然どうされたんですか?もしかして重い持病があるとか。

「いいえ。身体はすこぶる健康ですのよ」

―――ならいいんですが。びっくりしました。

「驚かせてしましました?それはそれは。本当にごめんなさいね」

―――いえいえ。ただ少し印象が変わってしまったように思えるんですが…。

「ところであなた……」

―――はい……。

「納豆を食べると……」

―――……納豆、を……?









納豆を食べると痩せられるってご存知?


<つづく>

構成/白田ウザム

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「青森県在住・安藤まり子(仮名)の場合<2>」

青森県在住・安藤まり子(仮名)の場合<2>
生活・生きる

小雨そぼ降る6月のある日、私はひとり青森にやって来ました。
1泊2日の出張仕事にプラス一日、ちょっとした興味と好奇心とを含んだ野暮用イベントのために。

指定された店に5分前に到着すると、すでにニックネーム“冷やし山菜うどん”さんが座っているのが見えました。
一度も会ったことがないのにどうして分かったのかというと、その店には彼女以外誰も客がいなかったからです。

しかし、そんな状況証拠を抜きにしても、確実に“冷やし山菜うどん”さん本人だと特定できる物品がありました。
それは、テーブルの上に置かれた『マリー・アントワネット』の映画パンフでした。
キルステン・ダンストが指に付いた生クリームにむしゃぶりついて、焼却炉の中で石油製品が溶けるような笑顔をこちらに向けています。
それを見た瞬間、間違いないと思いました。

店のガラス戸を開けると、カウベルがカランコロンカラーンとなり、私の来店を知らせました。
途端に顔を上げた“冷やし山菜うどん”さんは、声を出さずに「ウ・ザ・ム・さん?」と聞きました。
私は無言でうなずき、対面側に腰を下ろしました。

黒のパンツスーツに身を包み、緩めのタテ巻きできめた彼女はうやうやしく立ち上がり、「はじめまして“冷やし山菜うどん”です」とお辞儀をされました。
私も「はじめまして。白田ウザムと申します。どうぞよろしくお願い致します」と、新人営業マンのような挨拶を交わしました。
“冷やし山菜うどん”さんはほほほと笑い、「こんな改まって“冷やし山菜うどん”だなんて!」と手を叩きました。

―――ネットの書き込みや日記を拝見しました。ユーモアあふれる方なんですね。

「そうですか?ほとんど思いつくまま書いてるだけなんですけどね。キレイなものとか美味しいものが好きなのは普通じゃありません?」

―――ですね。でも『前々世はオーストリアの王侯貴族』とか『ほぼ2日に1度、マリー・アントワネットが降りてくる』って言い切るところは普通じゃない気がしますけど(笑)

「ほほほほほ!みなさんそう仰いますわ。でも事実は事実なので、隠すこともないと思っております」

―――事実だからしょうがないと(笑)で、女社長という。なんかいろいろすごいですね。

「仕事は、たまたま閃きがあったものを始めたら軌道に乗ったんですよ。5年ほど前に欧州に旅行した時のことなんですけど、シェーンブルン宮殿でふと思ったんです。ペットに関するビジネスをできないか?って」

―――ペット事業ですか。それはどういったものなんですか?

「ワンちゃんって毎日の散歩が大変じゃないですか。それが気になってペットを飼えない方もたくさんいらっしゃるんじゃないかしら、と思いまして。気軽に利用できるペットのお散歩屋さんデリバリーを始めたんです。ペットってとても癒されるでしょう?だから多くの人にペットと過ごす生活を送っていただきたくて」

―――気軽に利用できるってことは低価格なものなんですか?

「ええ。最初は1時間15000円(税別)でやっていたんですけど、全く反応がありませんでした。どうやら高く感じられたようで、半年後に500円(税込み)に値下げしたんです。でも今度は、その金額だと交通費などを差し引くと利益にならないことが分かりました。なのでまた半年くらい後に値上げさせていただいたんです。それからはずっと1時間850円(税込み)で続けています」

―――バイトの時給くらいですね。

「そうです。でもそこがミソなんだと思いました。お客さまの気持ちとして、そのくらいの人件費であれば人一人雇う場合の相場だとご納得いただけるんでしょうね」

―――経費などを差し引いたら利益が残らないんじゃないですか?

「いいえ。ちゃんと毎月利益は上がっておりますよ。経費と言っても、社長の私と、精神的取締役のマリーだけで運営しておりますから、さほど心配はいらないのです」

―――精神的…取締役ですか…。

「でも、関東や東海地方に出張でお伺いすると、赤字になってしまうことがございますわね」

―――出張もあるんですか?

「ありません」

―――ないんですか。なら、その心配は杞憂ですね。

「口コミでどんどんお客さまが増えて参りましたので、いずれそういうこともあろうかと考えています。インターネットやSNSに関わっているのは、そういう目的もあるんです。後で是非当社のホームページをご覧になってください」

―――わかりました。URLを教えていただけますか?

「www.わんわんおさんぽどっとこむ、です」

―――口コミはすごいですよね。なにか特別なサービスがあるんですか?

「はい。ペットのメンタルケアに重点を置いております」

―――と、言いますと?

「私はワンちゃんたちの考えていることが分かるので、それを飼い主の方に伝えるようにしております。そうすると、ペットも飼い主も、お互いに満足のいくコミュニケーションが取れるようになるのです」

―――今、わりとヤバいことをサラッと言いましたが、それは犬としゃべれるということでいいですか?

「はい。シャチともしゃべれます」

―――すごいですね。

「それは、私の体質がたまたまそうだった、というだけのことですので」

―――たまたま、にも限度があると思うんですが。

「それは私が………」

―――どうしました?

「ううっ…、ちょっと……」

―――大丈夫ですか!?顔が真っ青ですよ!

「……大…丈夫…で…す」

震える手でコップに注がれた水を一口飲むと、そのまま“冷やし山菜うどん”さんは気を失ってしまいました。
話の展開が見えないながらも、なんとなく調子を合わせながら話していた途中でのことでした。
あっという間に全身から血の気が引いて行き、ロウ人形のように白くなってしまった彼女の頬。
私は、なんの状況もつかめぬまま茫然とそれを見つめ続けるしかありませんでした。
そして数分後、パッと目を開いた彼女は驚くべき変化を遂げていたのです。

<つづく>

構成/白田ウザム

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「青森県在住・安藤まり子(仮名)の場合<1>」

青森県在住・安藤まり子(仮名)の場合<1>
生活・生きる

コトの発端は超巨大SNS(ソーシャルネットワークサービス)の、とあるコミュニティでした。

「スピリチュアル」や「前世」、あるいは「オーラ」などの世迷言に(「ネットで大儲け」「一日たった5分で10キロ痩せた」などにも)弱い私、白田ウザムは、ひとつ気になる書き込みを目に止めました。

ケーキ大好きです!
甘いものを食べるとオーラが熱くなる感じ(笑)
もしワタシがマリー・アントワネット(!?)だったら
毎晩スポンジケーキのベッドで(爆)眠ってるはずでーす!!

こんなにギャグセンスあふれる素晴らしい書き込みを見たのは久しぶりだったので、思わずどんな人間なのかを確かめるため、その人物のプロフィールを見に行ってしまいました。

すべてはここから始まりました。

私の誤算は、このSNSにおける基本ルール(訪問者の足跡が残る)をすっかり忘れていたことです。
その日のうちに、このスポンジ頭の女性が、私のプロフィールを見に訪れていました。

いわゆる“踏み返し”です。

プロフィールと参加コミュニティ一覧から何かを感じたのでしょうか、私の日記に(頼まれてもいないのに)コメントを入れてくれました。

『足跡から来ました。すごくおもしろい日記ですね! 私は一度でいいから自由が丘のスイーツフォレストに行ってみたいです♪』

ちなみに私の日記は「13日の金曜日に降るのは血の雨」というタイトルで、内容はタイトルと全くリンクしない大阪出張についてのものでした。
どこにスイーツやら自由が丘やらが関わってくるのか分かりません。
しかし、とにかく彼女はこのような楽しげなコンタクトを取ってきたのです。

彼女のニックネームは“冷やし山菜うどん”。

そして、どこでどう関連付けされたのか、ほぼ毎日“冷やし山菜うどん”さんは私のページに足跡を付けて行くようになりました。
恐ろしいもので、日記を書く度にコメントを残していく彼女に、私はだんだん慣れてきてしまいました。
必ず自分のことを書いていく、いや、むしろ自分のことしか話題にしない彼女に、です。

そのような交流の結果、以下のことがわかりました。

・美輪明宏が人間としての理想系。
・疲れている時に甘いものを摂るとハイになる。
・実家が資産家だ
・彼氏は8歳年下。
・「イイ女」と言われるのが最高の褒め言葉。
・青森県在住。
・会社を経営している。
・前世は貴族。
・ヨーロッパに行くと落ち着く。
・たまにマリー・アントワネットが降りてくる。
・ピアノはもちろん、クラリネットもできる。
・モーツァルトは天才。
・本名は安藤まり子(仮名)。

そんな矢先、私は青森県弘前市への出張が入りました。
ここでの仕事は少々面倒なのでその愚痴を日記に書き散らしたところ、“冷やし山菜うどん”さんからメールが来たのです。

『青森はいいところですよ! 時間があったらお会いしませんか?』

こういうのも逆ナンと言うのでしょうか。
長いスパンの詐欺でしょうか。
それともよくあるマルチへの入口でしょうか……。


<つづく>

構成/白田ウザム
お風呂が沸くまでのあいだにすべきこと
生活・生きる

お風呂が沸くまでのあいだ、あなたは何をしていますか?

残りおよそ5分でお風呂が沸くまでのあいだ、仕事でもプライベートでも多忙な日々を送るエグゼクティブなオトナの男たるもの、いったい何をするべきか? 34歳・独身の私がほろ酔いで考えてみました。

○実験結果の音声ファイルを聞く
magtypo070702.mp3(約3.5MB/3分51秒)


酒を飲んだ時の自分は、いろんな意味で世界最強だと自負しています。
飲んでいるときだけ。


声/小林辰巳

タマ坊のディスカバリー・ジャパン 第1回
生活・生きる

2007年5月14日、憲法改正の手続きを定める国民投票法が参院本会議で採決され、与党の賛成多数で可決、成立をしました。法施行は3年後、つまり2010年以降ということになりますが、いずれ自分の国の憲法の中身について、自分自身で何らかの判断を下さねばならない日がくるかもしれません。いえ、その日はきっとくるでしょう。その為に我々は何を準備しなければいけないのでしょうか。

それは自分の国の歴史を知ることです。自分たちの両親、その両親、そのまた両親の辿ってきた道のりを振り返ってみることです。たとえば柴咲コウと梶芽衣子は顔だけじゃなく歌声までそっくりだ、だから柴咲コウはポップソングなんかを唄うより「女囚さそり」シリーズを自らの主演でリメイクして劇中歌の「恨み節」や「女の呪文」をカバーすれば歌手のみならず女優としても一皮剥けるはず、ということを幾ら主張してみても、相手が梶芽衣子を知らなければ何の意味もありません。逆に相手が柴咲コウを知らない場合も一緒です。そこには歴史の断絶があるのです。

知ることすなわち、それは正しい道を進むということです。柴咲コウが平成版「さそり」にならず「女の呪文」をカバーする気配すらないのは、間違った道を進んでいるということなのです。彼女のみならず、彼女の周囲に彼女を正しい道へと導く者がいないのは、とても不幸なことだと思います。そうです、無知であることは不幸であることと一緒なのです。

さて、来るべき明日に不幸にならない為にも、我々は知らなければいけません。何を知らなければいけないのでしょうか。それは分かりません。なぜなら私もまた不幸である者の一人だからです。知らなければいけないことは山ほどあります。知れば知るほど、新しい疑問が生じてくることでしょう。もしかするとそれは、死ぬまで続く人間の業のようなものなのかもしれません。しかし、私は知ろうとすることを選びました。私の行為がたとえ私自身を幸せにすることがなかったとしても、それは必ず何らかの形で次の世代に繋がっていくと思うからです。それが新しい歴史を生んでいくのではないかと思うからです。


というわけでタマ坊のディスカバリー・ジャパン、第1回目は東京都府中市にあるにある府中市郷土の森博物館へと行ってみることにしました。

旧田中家住宅。

府中駅からバスに乗って約10分。府中市郷土の森博物館は江戸から昭和にかけて府中市内にあった建造物を多摩川沿いの広大な敷地内に移築復元した博物館です。

長閑な散歩道。

緑豊かな公園の中をのんびりと散策しながら府中の歴史について学ぶことができます。

旧府中町立府中尋常高等小学校。

旧府中町立府中尋常高等小学校にやってきました。昭和10年に移転建設された校舎を復元したものだそうです。よくわかりませんが中に入ってみることにしました。

国定5期教科書。

1941年に改定された国語の教科書が展示してありました。

アカイアサヒ。

手を振る子供たちの絵の上に「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」と書いてあります。次のページには「ヒノマル ノ ハタ バンザイ バンザイ」と書いてありました。ここには展示していませんでしたが、算数の教科書では戦闘機や戦車で数の数え方を教えていたとの説明書きがありました。

作文と習字。

昭和12年から16年にかけて本学校に通っていた島田和子さんの作文と習字が展示してありました。

島田和子さん作。

天皇旗最敬礼。

再び島田和子さん作。

戦争軍旗大砲。二重丸がいっぱい。

三たび島田和子さん作。

乃木大将旅順開城。明治38年1月2日、日露戦争での出来事です。後に「二百三高地」という映画が作られたりしました。

結局全部島田和子さん作。

いも掘大根引。いままでの習字とはちがって素朴な味わいがあります。

島田和子さんの作文。

昭和16年12月21日に書かれた作文。タイトルは「真崎大将」。興味深かったので全文を引用します。

大東亜戦争の真最中の12月20日の朝。「頭右」。小金井先生の号令で私たちは一せいに頭をむけた。 真崎大将はやさしい目で私たちに敬礼して下さった。私は此の間から真崎大将はひげのぴんとした東條総理大臣のやうな方だと思っていたらぜんぜんちがってやさしいやさしいおぢいさんでした。そんなことを考へているうちに大将は皆にむかへられて校門へ入っていっておしまひになりました。一点の雲もない冬の空。私たちは真崎大将がマイクロホンを前にお話なさるのをじっと聞いています。「此の大東亜戦争に勝つには国民が心を強く持たなければならない」と真崎大将はおとしよりなのにとても元気なこえでお話なさいます。「つよくなるといふのは己にかつことです」。私はふと国語第五で孔子が己にかつといふことを実行していたことを思ひ出しました。そしてこの真崎大将はやっぱり孔子様のやうにえら方(原文ママ)なんだと思ひました。それから大将は「えらくならなくてはならない。えらくなるといふのはうそをつかないことだ」とお話になりました。私は朝礼台の大将が神様のやうに見えました。私はこの言葉をまもって大東亜戦争の最後の勝利を得やうと思ひます。


戦後間もない教科書。

戦後間もない頃の社会の教科書を閲覧することができました。

日本国憲法について。

日本国憲法についての説明が書いてありました。これを読んだ島田和子さんははたして何を思ったのでしょうか。

席につくタマ坊。

戦前から戦後にかけての日本の歴史がタマ坊の頭の中をものすごい勢いで駆け抜けていきます。

徴兵検査所風景。

廊下に徴兵検査所の風景を書いたボードがありました。

けっこうエグい。

大事な部分が若干汚れていますが、とても大変なことが行われていたようです。いったい何を検査していたのでしょうか?

水車小屋。

学校を出てしばらく外を歩いていると、水車小屋を見つけました。この地方に多かった「胸がけ式」という作りだそうです。

滝。

滝の前で佇むタマ坊。日本的情緒に浸っています。

お花畑。

素敵なお花畑がありました。

勝手に幟で遊ぶ。

ふるさと体験館で勝手に幟で遊んでみました。

竹馬で遊ぶ。

今度は竹馬で遊ぶタマ坊。心はすっかり童心に。

難しい。



難しい。

わーいわーい。

勝手に餅つき。

当時の農家の暮らしを勝手に体験してみました。

勝手に背負う。

勝手にカゴを背負ってみます。

勝手にいじる。

勝手にわらで遊んでみました。何となく背中が寂しいです。

おしまい。

というわけで、この日はとても有意義な一日となりました。歴史に触れる重要性をあらためて痛感した次第です。ところで柴咲コウが「女囚さそり」をリメイクする場合は夏八木勲の役は妻夫木聡が演じればいいと思うのですが、いかがでしょうか。どうでもいいですね。それではみなさん、さようなら。



取材・文/玉手秀明
 

ペロ肉写真(後編)
生活・生きる

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天童さんは「ふだんは新宿西口を拠点にしている」と言った。拠点といっても、もちろんそこに公が認めた彼の住居は存在しない。

天童さん

ときどき地方の飯場(宿泊施設付きの土木工事現場など)へと出向き、そこである程度の金を貯める。そして都内に戻ると、ドヤ街(安い宿泊所が集まる場所)を転々とし、しばらく働かずに暮らす。

懐が寂しくなってくると、新宿・池袋・銀座など都内各地で配給されているボランティア(韓国系のキリスト教団が多いと言っていた)の食事にありつきながら、東京都庁の眼下に位置する新宿中央公園で野宿をするのだ。

天童さん

天童さんは高校を卒業後、集団就職列車に乗って山形から上京した。








ベーコン(もち)

最初は写真製版(印刷関連)の会社に就職したが、長続きはしなかった。

その後、いくつかの職を経て、同郷の友人を頼って、十年ほど前に西武池袋線の某駅の立ち食いそば屋の雇われ店長となった。天童さんがひきずっている右足は、そのときの立ち仕事がたたったそうだ。

ひき肉(ジャガイモ)

新宿西口にある拠点の青テント(新宿中央公園/Googleマップ)から、少しでもワールドカップの余韻に浸ろうと、駅前の雑踏をやり過ごし、ここ歌舞伎町まで歩いて来た天童さん。

魚肉(ちくわ)

私には、彼の右足が、よっぽどの重労働ではない限り、仕事に支障をきたすような状態には見えなかった。

鴨ネギ

なぜ、働かないんですか?

と、私は天童さんに訊きたかった。

上カルビ

無一文になる前に、職を探す。しばらく働いて(期間限定の条件もあるだろうが)ある程度の金が貯まったら、また自由気ままな生活に戻る、その繰り返し。

ロース

働く気力もあるし、働き口もある。

なのに、なぜ、働かないんですか? と。

肉団子

しかし、私は最後までその言葉を、天童さんに投げかけることはなかった。

「じゃあ、なぜ、そんなに働かなくちゃならないんだい?」

逆に、そう、聞き返されそうな気がしたからだ。




青椒肉絲(豚)

天童さんの話を聞いていて一番意外に思ったことは、都(もしくは各自治体)のホームレスに対する福祉事業の手厚さであった。私が「手厚さ」などと言っては語弊があるが、天童さんはしみじみこう言った。

「冬はねえ、ホント、助かるよう……」

肉豆腐

ホームレスにとって、冬場の睡眠場所の確保は文字通り死活問題である。

天童さんの話によると、東京都が運営している、彼らホームレスのための宿泊施設がいくつかあり、ある一定期間は誰でも無料で入居できるのだそうだ。しかも希望者には、都が借り上げた築年数の古いアパートの斡旋やその入居費用の補助や手続きなども行っているらしい。

しかし、天童さんは続けた。

「あんまり人(ホームレス)は、入っていないみたいだけどね」

鶏の唐揚げ

そう、都が行っているのはあくまで「自立支援」である。

つまり、彼らにとっては、自治体からある一定の「援助」と「指導」を受け、最終的には社会生活において「更生」しなければならないからなのだ。

一度捨てたはずの社会に再び戻る気力、そしてその体力は彼らにとって幾ばくのものか。私には、近年問題化している「都会の孤独死」の一端が見えた気がした。




スパゲティミートソース

天童さんは、なぜ、働かないんですか?

カツサンド

「じゃあ、兄さんは、なぜ、そんなに働かなくちゃならないんだい?」

ササミとゴーヤのマヨネーズ和え

きっと、そのときの私には、こんなつまらないことしか言えなかったのだろう……

豚生姜焼き

食うため、ですかね。








あっちが出てくりゃ、こっちが引っ込む情報社会。

ワイルドステーキ

ハンカチが出てくりゃ、ヨンが引っ込む。

この世から「酒」か「車」が消えない以上永久に無くなるはずのない酒気帯び運転で、トヨタとキリンを叩けるはずもなく、しかたなく公人をひっぱたくことだけに躍起になっている報道は、いったいいつ頃収束するのだろうか? 

エキサイティング唐揚げ

鳥が出て来た時にゃ、牛が引っ込んだ。

てか、鳥インフルエンザって、いつ終わったんだっけ?

売切御礼

だいたいさ、アメリカアメリカって騒いでるけど、アメリカ以外の牛肉が、いったいどれだけ安全なのか……。

豪州牛めし大

肉だけ、って話でもないんだろうしなあ……魚、野菜、豆、小麦……そういや、カイワレは? ケータイの電磁波は?

大食い王和牛バーベキュー勝負

ごたごた言ったって、どうせみんな、食ってクソして寝るだけで精一杯。

給食費払わぬ親たち お金あっても「頼んだ覚えない」(Sankei Web)

食い物の安全ひとつとっても、結局は全部お偉いさんに、おんぶにだっこなんだから。








いつの間にか雨は止み、周囲の雑居ビルから、人が溢れ出て来た。にわかに盛り上がりを見せるワールドカップドイツ大会、日本代表の初戦は敗北が決定したようだった。

天童さんと私は、歌舞伎町の路上で、缶ビール五本と缶チューハイ三本を空けていた。取材から戻って来た玉手副編集長は、報告もそこそこに、今度は暴徒化寸前の群衆に向かって走り出して行った。

「ああいうのが出てきたら、俺みたいなのが一番危ないから、そろそろ帰らないと……」と、寂しげな表情で天童さんは荷物をまとめ始めた。

「最後にひとつだけ……天童さんにとって『オトナの遊び』ってなんですか?」

天童さん

「遊び? 遊びったって、俺わあ、働いてないしさあ、そんな、遊んじゃいられないよう……」

「いや、働いてないからこそ訊きたいんです。天童さんにとっての『オトナの遊び』を……それだけです」

無益のエネルギーでオトナの遊びをクリエイトする……

この『マガジンタイポ』のコンセプトである「オトナ」としての天童さんの「遊び」を、最後にぜひとも訊いておきたかった。

「遊び……、んー……、俺わあ、あんまり経験ないけどさ……。そんなもん、『オトナの遊び』って言やあさあ……ほらあ、はは、その辺の店でさあ、兄ちゃんたちがする遊びと同じだよう、ははは……」

そう言い残して、天童さんは背中を向けたまま右手を挙げ、拠点へと帰って行った。

天童さん

天童さんにとっての「オトナの遊び」とは……その辺の店で……兄ちゃんたちがする遊びと同じ……。

そうだ。そういえばあの日、私は歌舞伎町に居た。




写真・文/小林辰巳

ペロ肉写真(前編)
生活・生きる

そうだ。

そういえばあの日、私は歌舞伎町に居た。


新宿歌舞伎町

2006年6月18日。FIFAワールドカップ「日本対クロアチア戦」当日、ドイツのニュルンベルクにて熱戦を繰り広げている代表イレブンを応援すべくパブリックビューに集まったサムライブルーの徒党を取材しようと、アジア最大の歓楽街とも謳われる、東京・新宿ヘと向かったのだった(そのときの模様はこちら→オレ流W杯観戦記 「熱闘歌舞伎町2006!!」)。

実はこのとき私は、スポーツバーに向かう玉手副編集長と途中で別れ、不夜城とは思えぬほど人もまばらな歌舞伎町をひとり歩いていた。

写真はイメージです

もうひとつの視点から、この「2006ワールドカップ狂騒曲」を眺めてみたかったからだ。




道ばたに佇むひとりの老人と目が合った。

「取ったよ、ニッポン、一点」

老人がヘッドホンで聴いているのはラジオのサッカー中継だったようだ。それを期に、私はその場にしゃがみこみ、しばらくその老人と語り合い、笑い合い、酒を飲むことになる。

「俺わあさ、山形の天童出身だからあさ、天童でいいよ、天童」

インターネットで雑誌みたいなものを作っていて、今日の歌舞伎町の様子を取材しているので、良かったら天童さんの話を訊かせてもらえないだろうか、と打診してみた。

「ネットワークに写真が出るだけなら別にいいけどさ、俺わあさ、ホームレスだからあさ……」

天童さん

興味本位ではない、と言ったら嘘になる。

いくぶん酒に酔っていた私は、日頃「ホームレス」という存在に対して抱いている不可思議のありったけを、天童さんにぶつけてみた。住まいは? 家族は? 職歴は? ふだんの食事は?……

「この辺歩いてると、肉も魚も、酒だってなんとかなるもんなんだよ。ただ、炊きたての白い飯だけは、ボランティアの配給でもなかなか、ね。米が美味いところで育ったもんだからあね……」








焼肉屋のメム

ところでみなさん、肉はお好きですか?

吉野家行列

とてもお好きなようですね。(2006.9.18撮影)

写真はイメージです

街中を歩けば

写真はイメージです

肉を食べられるお店が

写真はイメージです

たくさんあります。




写真はイメージです

ことの発端は、玉手副編集長が午後5時になると決まって夢中でパクつくおやつ……

サラミ

ご存知「サラミ」です。

写真はイメージです

小林辰巳「玉手君、そんなサラミみたいな何の肉が入っているかわからないものばかり食べてると、身体壊すよう。ちゃんと栄養になるものを食べないとさ」

玉手秀明「何の肉が入っているかわからない、って……。肉だって栄養になるじゃないですかあ。僕は小林さんみたいに酒を飲みませんから、これくらいなんてことないですよっ。ぷりんっ!」


写真はイメージです

確かにそうでした。かくいう私も、酒を飲んでしまえば何の肉だかわからないサラミどころか、何を食べたのか? すら忘れてしまうようなおっちょこちょいだったのです。

写真はイメージです

三十代もそろそろ半ばに差し掛かろうとしている桜樹ルイ世代のご多分に漏れず、最近、お腹の周りが気になりだしました。

写真はイメージです

怖いですよね、メタボリック症候群


そんなわけで……

牛丼(松屋・豪州産)

まずは日頃の食生活を振り返りながら過ごしてみよう、ということで写真を撮ってみることにしました。

そう、その日食べた……

上ロース

肉、だけ。


コムタン(テール)

血合いに宿るエロティシズムと艶かしく濡れそぼる蜜汁、芳香なうま味のシズル感を追求した、こんな肉の接写が、未だかつてあったであろうか?

私はそれを「ペロ肉写真」と命名しました。

チョリソ

そしてまた、肉をテーマとして取り挙げるからには決して避けては通れない、今もなお根強く疑問視されている(牛)肉の安全性や信頼性に関する問題に一石を投じるためにも……。

座右の銘は「いつもじぶんにごくろうさん」。編集部員たちの憂いを背なでたち斬り、わたくし小林辰巳が、世界初のペロ肉写真家として活動を始めて早一ヶ月。

ソーセージロール

きっと、みなさんだって知らず知らずのうちに、しちゃってるんですよ、結構……

上ロース(しめじ)

ペロ肉。

チキンサラダ

果たして、これらの肉はどこの国で飼育されてどうやって加工された、いったいどんなものなのか? よしんば、それら安全確保のための情報整備(牛肉のトレーサビリティと牛の個体識別-農林水産省のパンフレット/PDF)が確立されたとして、それをあなたは……

モツ煮込み(浅草)

信じることができますか?








天童さん

周囲の雑居ビルから怒号が響いた。どうやら、クロアチアが得点したようだった。

途中、小雨がぱらついてきたので私たちは屋根のある場所へと移動した。ふとした怪我がもとで立ち食いそば屋店長の職を追われたという天童さん、件の右足を引きずりながら歩いて、こう、つぶやいた。

「あったかくて美味い米、それと、肉もね。その辺で(コンビニ等で賞味期限が)キれたやつやなんかもらって食べるでしょ。ちっともうまくないやあ。そう、肉だって山形のは美味いんだあ、米沢牛とかね……」


そうか、ここは……そうだ。

そういえばこの日、天童さんと私は歌舞伎町に居た。




オトナの社会見学/第二弾「全国高校野球選手権大会」
生活・生きる

甲子園。

プロ野球は見ないけど、高校野球を見る人は多いようです。自分の周りにも、そういう人は結構います。高校野球を見ていれば、お気に入りの選手のその後を追うなどして自然とプロ野球へと興味が向きそうなものですが、高校野球だけが好きな人にとって、そのお気に入りの選手の物語が完結するのはあくまで夏の甲子園球場であり、以後の物語にはほとんど関心が向かないというのが実情のようです。今年に限っては斉藤君という近年稀に見るベビーフェースの登場により、選手のその後にも世間の興味は少なからず向いているようですが、このケースはあくまで例外中の例外であって、たとえば去年、夏の選手権を沸かせた大阪桐蔭平田選手がつい先日、中日の一軍に昇格して対阪神戦で甲子園球場に帰ってきたのですが、そのことを大々的に取り上げたメディアはどこにもなかったように思います。

さて、そこまで多くの人を惹き付ける高校野球とはいったい何なのでしょうか。先頃、野球殿堂入りをされた豊田泰光氏は週刊ベースボールのコラム「俺が許さん」第644回の中でこのように言っています。

たかだか100年足らずですよ、高校野球の全国規模の大会が始まってから。それが、日本国民をあれだけ熱狂させるんです。こんなスポーツ他にないでしょう。(中略)変な言い方になりますが、高校野球は、日本人がそこから足を洗うことのできない文化なんです。大げさでなく、日本民族が消滅する時まで持ち続けなければならない文化なんです。


日本が消えるまで持ち続けなければいけない文化だなんて凄いですね。ただ依然、その凄さが何なのかはよく分かりません。原因は、おそらく自分の態度にあるのではないかと思いました。テレビの前で漫然と見ているだけでは気づかない何かを見落としている可能性があるのではないか。実際に行ってみなければ分からない何かが高校野球にはあるのではないか。


というわけで、今回の社会見学は夏の選手権を見に甲子園球場に行ってみることにしました。本当は最初から全試合見たかったのですが、仕事の都合もあってなかなか時間が取れず、仕方がないのでお盆の帰省ラッシュが終わるのを待ってから出発をすることにしました。

元気良く出発。

午前五時起床。七時半発の新幹線に乗って元気良く大阪に出発です。

ワクワク。

車中でも甲子園が気になって仕方ありません。

着きました!

いきなりですが着きました。

現地コーディネーターの千葉君です。

満員でしたが現地コーディネーターの千葉君が席を取っておいてくれたので座ることができました。玉手、思いきりはしゃいでいます。

真っ黒!

選手権を予選から100試合以上見ている千葉君は日焼けで真っ黒。

とにかく熱い!

観戦から数分後、うだるような暑さに耐えかねて早くも頭にタオルを巻きました。グラウンドはさらに暑いそうですから高校球児は本当に立派です。

凄い試合でした。

試合はいきなり延長戦に。甲子園は大盛り上がりです。その後、八重山商工と智弁和歌山の試合も観戦。智弁和歌山広井君の本塁打が2本も飛び出すこちらも大熱戦でした。

ヒリヒリして痛い。

ホテルに帰ってびっくり。僅か半日の観戦で驚くほどの日焼けをしています。デリケートなお肌の方は日焼け止めクリームを常備した方がいいかもしれません。

練習する駒苫ナイン。

翌日、自分の生まれでもある北海道の駒大苫小牧を応援する為、二時間前に球場入り。さすがにまだ空いていますが、駒苫ナインの練習を見れて何だか得した気分に。

格好良い。

投球練習をする田中君。

暑い中、ご苦労様です。

アルプス席ではブラスバンドが練習をしています。

やったー!

結果は駒大苫小牧の逆転勝ち。

ばんざーい!

千葉君とばんざーい!

智弁応援団。

次は智弁和歌山と帝京の試合。智弁は応援団が格好良いので一塁側のアルプス席へと移動。

ガラガラ。

帝京側のアルプス席はガラガラ。人気ないようです。最初は千葉君と苦笑しながら試合を見ていたのですが、まさかこの試合が球史に残る伝説の試合になるとは……。

このスコアボードを見よ!

スコアボードをよく見てください。大変なことになっています。誰もが帝京の敗北を疑わなかった4点差9回ツーアウトからあれよあれよと帝京が8点奪取。その裏、智弁がさらに4点差をはねかえす押し出しの逆転サヨナラ勝ち! 甲子園に野球の神様が降りた!

観客総立ち。

観客はもちろん総立ち。このとき覚えた興奮と感動はいまでも忘れられません。もしかしたらこれが豊田泰光氏いわく「日本人がそこから足を洗うことのできない文化」なのではないかといまにして思うのですが、試合終了後は頭が真っ白でしばらくその場から動くことができませんでした。

感動をありがとう!

帰り際、バスへとむかう帝京のチアガールを見かけました。みんな泣いていました。アルプス席はガラガラだったけどよく頑張った! 感動をありがとう!

寝ています。

さすがにこの日は疲れました。翌日に備えてさっさと就寝です。


以下、準決勝の大一番までダイジェストで。

日大山形のマネージャーさん。

メガホンを配る日大山形のマネージャーさん。

巨大メガホン。

応援する野球部のみなさん。

千葉君。

応援する千葉君。


それぞれの思い届かず、日大山形、早実に逆転負け。続いての試合は鹿児島工業が福知山成美に勝利。薩摩の春男児こと今吉君も代打で球場を沸かせました。


そしてついに……。

大一番。

一昨日、帝京との激戦を制した智弁和歌山と駒大苫小牧が準決勝で激突。大方の予想は智弁優位でしたので応援にも気合いが入ります。いざ駒大苫小牧アルプス席へ!

応援するぞ!

試合開始前、チアガールのみなさんが観客にアピールを。こういうのがプロ野球とは違っていいですね。ちなみにうしろに見える人文字は広島カープのマークではありません。

野球部のみんなも大声援!

応援歌の駒大コンバット苫小牧バージョン(駒大コンバットを多少アレンジ)はノリも良くて観客席も大盛り上がり。野球部のみなさんも声を枯らしてチームメートを応援します。

あまり売れていない。

甲子園名物売り子のお兄さんも「カッセ、カッセ、十六茶!」と便乗商売を。

雨。

試合は途中で雨が降り出すも田中君の好投で危なげなく勝利。それにしてもあの智弁打線を自責点1に抑えるとは驚きです。田中君の底力を思い知らされました。

決勝進出!


玉手も真っ黒に。

こうして玉手の甲子園体験は終わりました。そこまで見たなら決勝も見ろよ、というツッコミが聞こえてきそうですが、金がなくなったのでしかたありません。最後まで甲子園に残る千葉君と握手を交わして断腸の思いで大阪を去ることにしました。




それは夢……。

球場で見る野球以外はすべてまがい物。甲子園に行ってみて、あらためてそう考えるようになりました。研ぎ澄まされた技術と肉体の躍動を楽しむプロ野球とは違って、高校野球には選手と、それを支える人たちとの間に濃厚なドラマがありました。たった数日でこれだけの体験ができたのですから、秋の新チーム発足から春の選抜、そして夏の選手権とチームを追っていけば、そのドラマはさらに濃厚なものとなっていたことでしょう。もはやそれは野球を越えた、普遍的な人間のドラマなのかもしれません。「日本民族が消滅する時まで持ち続けなければならない文化」とは、つまりその人間の有り様を言っているのではないかと思いつつも、答えはまだ遠く先の方にあるような気がしています。


取材・文/玉手秀明

協力/千葉智紹

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