千葉智紹物語3 「夢は夜ひらく、そしてしぼむ」
スポーツ

2006年12月8日、後楽園ホールに千葉君のプロレス5戦目を見に行ってきました。

藤原祭り

全日本キックボクシング「Fujiwara Festival〜藤原祭り2006〜」。年末恒例のビックイベントにグレプロが提供マッチを行うことになったのです。レスラー1年目にして格闘技の聖地に立つことになった千葉君。凄い凄いと騒いでいたら、試合が行われるのは休憩時間、取材パスも下りないとのことで何やら怪しげな雰囲気が……。

ピンクタイガー&小仲=ペールワン

通路に普通にピンクタイガー選手と小仲=ペールワン選手がいました。控え室もないそうです。挨拶すると「反対側の通路に千葉君がいるよ!」とピンクタイガー選手が笑顔で。ピンクタイガー選手は子供たちに大人気でしきりに声をかけられていました。もはや遊園地の着ぐるみ状態です。

千葉君緊張

千葉君を発見。休憩時間の余興とはいえ、かなり緊張しているようです。いままで見たことのないような顔をしていました。

千葉君リングイン

休憩のお知らせが会場に流れると同時に千葉君リングイン。

勢揃い

佐野直(静岡プロレス)
小仲=ペールワン(GUYZ)
唯我
ギャグマシーンお兄ちゃん
千葉智紹
VS
ピンクタイガー(ピンクタイガーモンスター軍)
ピンクサブ(ピンクタイガーモンスター軍)
ピンクメガネ(ピンクタイガーモンスター軍)
ピンクタイガーソルジャー(ピンクタイガーモンスター軍)
網飛鳥(グレートプロレスリング元代表)

の10人タッグマッチです。

千葉君乱闘に乗り遅れる

試合開始のゴングが鳴ると同時に乱闘開始。千葉君、明らかに乗り遅れています。

網元代表飛ぶのか?

わずか10分程度の試合でここが一番のハイライト。

負傷

普段なら絶対、飛ばないはずの網元代表が、お客さんたちから「飛べこの野郎!」「とっとと飛べや!」などの野次を飛ばされ勢いで場外ダイブ。直後、周囲を囲む選手たちに小声で「怪我した」と涙目になりながら……。

千葉君暴れる1

千葉君の数少ない見せ場。

千葉君暴れる2

結構頑張ってましたが10人タッグだけにあまり目立てず。

これで終わり?

よくわからないうちに「試合終了まで残り10秒」との冷酷なアナウンスが会場に流れ、なし崩し的に試合は終わってしまいました。

ごめんなさい

この結果にはさすがに本人も納得がいかなかったようで「来てくれたお客さんに申し訳ない」と平身低頭の様子。負けるな千葉君、明日があるさ。2007年も頑張ろう!



取材・文/玉手秀明

写真提供/レトルト中村

真説・こうして我が中日ドラゴンズは日本シリーズを制覇した。
イベントタイポ

長かったようで短かった半年間、我が中日ドラゴンズがいよいよ日本シリーズに王手をかけた。初戦を敵地で落としたものの、その後、札幌から名古屋へかけて破竹の3連勝。これは是が非でも応援に駆けつけなければいけないと思い、当日の仕事をすべてキャンセルして観戦の準備を整えた。


気合い入りまくり。

10月26日木曜日。日本シリーズ第5戦。午前四時に起床して羽田空港へ。

名古屋駅。

新千歳空港から快速エアポートに乗って30分、名古屋駅に到着。

寒い。

妙に寒いが中日ドラゴンズ地元での胴上げを思うとにわかに体が熱くなる。

名古屋城。

名古屋城の前で記念撮影。依然として外は寒いがきっと気のせいに違いない。

名古屋テレビ塔。

久屋大通公園にある名古屋テレビ塔をバックに。異様な寒さだがこれはおそらく武者震いというものだろう。

スカイバルコニー。

スカイバルコニーから名古屋の街並みを一望。あらゆる場所から「燃えよドラゴンズ」の唄声が聞こえてくるような気がする。

ナゴヤドーム。

ナゴヤドーム到着。以前きた時とは外観が違って見えるがきっと改装でもしたのだろう。そうに違いない。否、そうであるべきだ。

赤いボード?

入り口で赤いボードを配っていた。なぜ赤なのだろうか。よくわからない。最近、仕事が忙しかったので青が赤に見えているのかもしれない。きっとそうだ。

入場?

内観も完全に変わってしまっている。ここは本当にナゴヤドームなのだろうか?

応援団発見!

一塁側に応援団発見。間違ってなかった。ここはやっぱりナゴヤドームだ。もう安心だ。

ドアラ。

ドアラもいた。

最前列。

座席は外野の最前列。超良席。

川相選手らしき人。

今シーズン限りで現役を引退する川相選手らしき人の姿も見える。

ドラゴンズブルー。

試合開始。観客席がドラゴンズブルーに染まる。

頼むぞ、憲伸。

先発は川上憲伸投手。セリーグ最多勝投手が負けるはずなどないので胴上げはもう確実。

はしゃぐドアラ。

試合は何が何だかよくわからないうちにドラゴンズが序盤で大量点を奪うわ憲伸が三振を27個も奪うわもう大変なことになった。

ホームラン連発。

ホームランも都合30本ほど飛び出した。

外野陣がパフォーマンス。

ドラゴンズ恒例、福留、英智、アレックスのユニークなパフォーマンスも。

涙の最終打席。

川相選手らしき人の現役最終打席。涙の止まらない川相選手らしき人にむかってファイターズ中島捕手が「泣くな、ストレートでいくぞ」と声をかける。そんな敵チームの粋な計らいに川相選手らしき人は走者なしで意味もなくバントを……。

優勝。

そしてついにドラゴンズ優勝!

マウンドに集まる選手たち。

マウンドに集まる選手たち。

シンジラレナーイ。

勝利監督インタビュー。いつの間にか激ヤセしていた落合監督が「ナゴヤノファンハセカイイチデース!」と雄叫びを上げる。

ありがとう。

ありがとう、落合監督!

表彰式。

そして最後に表彰式へ。

福嗣君。

シリーズMVPは福嗣君。スポンサー各社から賞金100万円が送られた。

ペナントを手に。

日本一のペナントを手に球場を一周する選手たち。右から荒木、山本昌、岩瀬、小笠原、井端選手。感動をありがとう!

感動で涙が止まらない。

この場にいることのできた幸運に自然と涙が出てきた。もう一度言わせて欲しい。感動をありがとう!

ドラゴンズ日本一おめでとう!

こうして我が中日ドラゴンズは日本シリーズを制覇することができたのだった。最高のシーズンだった。シンジラレナーイ。シンジタクモナーイ。


※この文章はフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。


取材・文/玉手秀明

千葉智紹物語2 「試練のシングルマッチ」
スポーツ

2006年10月15日、新宿歌舞伎町クラブハイツに千葉君のプロレス3戦目を見に行ってきました。

歌舞伎町クラブハイツ。

古き良き時代のナイトクラブの雰囲気残すクラブハイツの中央に構えられたプロレスリング。天井にはミラーボールとスパンコールの垂れ幕、赤い照明に照らし出されたリング上は何だかとてもいい感じです。この日の千葉君は何とファイナルのシングルマッチに登場。はたして大丈夫なのでしょうか?

ピンクタイガー選手も登場。

今回のグレプロは硬派路線でお笑い色がやや薄め。しかし、試合の合間に「選手のお宝グッズオークション」が催される等、ファンには嬉しいイベント盛り沢山。かなり貴重なグッズの数々がほとんど千円前後で落札されていたのも非常に微笑ましい光景でした。

千葉君が登場。

いよいよ千葉君が登場。気合い入っています。相手は何と元キングダムの布施智治選手(現・FFエンターテインメント主宰)。ヤバいです。体格が違い過ぎます。これまで体重50キロのサムライ佐藤選手とのバトルが中心だった千葉君が、いきなり100キロ以上ある本物のプロレスラーとシングルマッチ。見ているこちらが不安になってきてしまいました。

タコ殴りされる千葉君。

試合開始。不安は見事に的中して千葉君が布施選手の攻撃に耐え続けるという展開に。

千葉君苦悶の表情。


アキレス腱固め。


何とかロープに。


千葉君意地の反撃。

千葉君、意地で反撃をするも……。

裏拳炸裂。

布施選手の裏拳炸裂。後半はほとんど記憶がなかったという千葉君。この頑張りに会場からは「チバ」コールが沸き上がります。

千葉君敗北。

しかし試合は8分14秒、垂直落下式ブレーンバスターから体固めで布施選手の勝利。

千葉君に声を掛ける布施選手。

千葉君の健闘に心動かされたのか、布施選手が倒れこむ千葉君に声を掛けます。

締め。

そして最後は千葉君の締めで大会が終了。感動的なフィナーレでした。

心配するファンに囲まれて。

試合後、心配するファンの為にロビーに出てきて挨拶をする千葉君。立っているのも大変な様子でしたが、最後までファンに頭を下げ続ける姿はすでに一人の立派なプロレスラーでした。

最後はファイトポーズで。

こうして千葉君、初のシングル戦は終わりました。率直な感想を述べさせてもらうと、とにかく驚いた。凄かった。学生の頃にふざけてプロレスごっこをしていた友人が、プロのリングで素晴らしいファイトを見せてくれるなんて。頑張って欲しい。これからもずっと。最後に千葉君へ以下の言葉を送って、今後のレスラー人生のはなむけにしたいと思います。

私は学生時代から、マジメよりアソビが好きであった。そして、その考えは今でも変わらない。なぜなら真に社会を改革してきたものは、どの時代においてもアソビの論理だったからである。

<寺山修司 『新・書を捨てよ、町へ出よう』 より>




取材・文/玉手秀明

さようならサムライ佐藤
スポーツ

夢の中は治外法権である。 <寺山修司 『猫の航海日誌』より>


2006年7月25日東京、新木場ファーストリングで一人のレスラーが引退をした。サムライ佐藤、本名佐藤和史、1980年1月10日生まれの26歳。今年の4月にデビューをしてから半年にも満たないレスラー人生だったが、細身の体からあふれる気迫と一歩間違えば死にかねない危うさの同居した彼のファイトスタイルは、多くのプロレスファン、プロレスラーをも魅了した。

緊張気味のサムライ佐藤。

まさか自分がリングに上がることになるとは思わなかった、と佐藤和史は言った。低姿勢で、若干猫背気味になりながら。これから引退セレモニーを控える彼は緊張で声が震えていた。それはサムライ佐藤ではなく、素の佐藤和史の姿だった。

ファイティングポーズ。

いまだ自分がレスラーとしてデビューをした実感がないのだという。元々、知人に「一度リングに上がってみたい」と洩らした言葉からすべてがはじまった。武藤敬司に夢中になり、プロレス中継を欠かさず見ていた学生時代。あくまでファンの一人として言ってみた言葉が、いつの間にか飛躍してワンランク上のステージへと上がっていた。プロレスの神様はいつも気まぐれで、意外な人物を舞台の主役に選んでしまうことがあるのだ。

千葉君とお茶目なポーズ。

まさに夢のような気分で、この数カ月を過ごしていたのだろう。一人のファンが、一人のレスラーとしてリングに上がる。実際に彼のファイトを見たのは5月の同じく新木場ファーストリング上であったが、対戦相手に滅多打ちにされ体中痣だらけになりながらも、なぜだか不思議と悲愴感の欠片も感じられなかったのは、そんな彼の「夢心地」が垣間見えたからなのかもしれなかった。

サムライ佐藤のリングパンツ。

しかし佐藤和史の「夢心地」はそう長くは続かない。プロレスをやっていたことが会社の社長にばれてしまい、「社員としての自覚が足りない」ときつくお灸をすえられてしまったのだ。佐藤和史の夢は終わった。夢と現実を天秤にかけると、やはり現実の方を大事にしなければいけなかった。

引退セレモニー。

こうしてサムライ佐藤の引退セレモニーがはじまった。ここからはいかにもプロレス的というか、お約束の乱入があって当然のようにサムライ佐藤はレスラーたちから滅多打ちにされるわけだが、そこで展開されたのはまさに「夢の中」での出来事のように儚く、そして美しい肉体の躍動であった(以下の写真はプロスポーツカメラマン中村氏が撮影)。


滅多打ち。

千葉君にチョップ。

サムライキック。

ブレーンバスター。

またも滅多打ち。

起死回生のサムライキック。

スモールパッケージホールド!

サムライ佐藤の勝利!

歓喜の胴上げ。


12分26秒、スモールパッケージホールドによるサムライ佐藤の勝利、そして歓喜の胴上げ。お決まりのパターンだが、決して陳腐ではない。そこに凝縮されている「夢」の濃さが、観る者の心を打ち、そして感動をさせるのだ。夢の終わりを告げる合図は会場内に鳴り響く、割れんばかりの大「サムライ」コールであった。




涙のサムライ佐藤選手。

「プロレスを通じて人との触れ合いを知りました。奥手な性格でしたが以前より社交的になれたような気がします。この経験を大事にして、これからも頑張って行きたいと思います(サムライ佐藤こと佐藤和史)」


取材・文/玉手秀明

協力/グレートプロレスリング

写真提供/レトルト中村

千葉智紹物語 「プロレス・イン・マイライフ」#1
スポーツ

高校生の頃、友だちとよく昼休みにプロレスの真似事をして遊んでいた。体育館の倉庫に高飛び用のマットを広げ、それぞれが勝手に飛んだり跳ねたり、技の掛け合いをしたりしていた。そのうちに段々本格的になってきて、一人ひとりにリングネームがつき、プレイスタイルに個性が出はじめ、その日の対戦カードを決める打ち合わせをしたり、チャンピオンベルトを作ったり、ついには観客を集めて大会を開くまでになっていった。

そのときの自分のリングネームは「フレッシュ梅干」。中学の終わりまで続けていた少林寺拳法の道着を着て、必殺技は「蹴り」と「毒霧」。蹴りはもちろん相手を蹴るだけ。いま思うとプロレスでも何でもないが、それ以上に厄介なのが毒霧の方で、これは口に含んだ「牛乳」を相手に吹きかけるという我ながら恐ろしい凶悪技。一度、やられた相手が真剣に怒ってただの喧嘩になってしまったこともあったほどだった。

そんな自分のタッグパートナーだったのが「ザ・サブミッション」こと千葉智紹君。お婆ちゃんに作ってもらった青いパンツ一丁で正統派ファイトを繰り広げる千葉君と共に自分はついにタッグ王者にまでのぼりつめたのであるが、以降、それぞれが受験勉強やら就職活動やらで忙しくなり、プロレスごっこもいつの間にか終わってしまったのだった。


かわいい

ちなみにこれが当時の千葉君。


そんな昔話を長々としたのはその千葉君が先日、三十路にしてプロレスラーデビューを果たすことが決まったからであって、千葉君は高校卒業後、東京に出てきてコンビニの店員なんかをしながら「SET YOU FREE」という音楽イベント団体を立ち上げ、いまではその団体の代表として知る人ぞ知る存在になったのであるが、長年のプロレス好きが高じて「グレートプロレスリング」という団体と業務提携を結ぶことになり、それから何だかいろいろあって(ここら辺のエピソードも面白いけど長くなるので省略)レスラーとしてリングに上がることになってしまったのだった。最初はただのおふざけかと思っていたら本人は意外と真剣で、千葉君はデビューが決まったその日から猛特訓をはじめ出したのだという。血の滲むような筋トレに受け身の練習、体力作りの走り込み。あの「ザ・サブミッション」がいったいどのような変貌を遂げたのか。さっそくプレス申請を済ませて試合当日を楽しみに待つことになった。

駅から歩いてすぐ

2006年5月31日、新木場ファーストリングに到着。

強そう

千葉君だ! ちょっと格好良い!!

貴重な裏舞台

試合前の練習風景。

緊張がうかがえる

千葉君やや緊張気味。


そしていよいよ試合がスタート。

観客と交流


春咲小紅さんと日比野めいびさん


バイクメン選手


イスと闘う人


はじめて見た「グレートプロレスリング」であるがなかなか面白い。特にアングラカルチャー界のディーバこと春咲小紅さんと一輪車世界一の日比野めいびさんVSバイクメン(CPE)選手の試合はもはやリング上がカオス状態で凄いことに。これだけで特集を組みたいくらいの戦慄を覚えた一戦だったが今回は千葉君のお話なので泣く泣く省略。他にもイスと戦う人などとにかく盛り沢山で雰囲気も良い。



千葉智紹物語 「プロレス・イン・マイライフ」#2
スポーツ

<< 前のページへ


凛々しい

ついに千葉君が登場!

佐野直(静岡プロレス)
ピンクタイガー(ピンクタイガーモンスター軍)
サムライ佐藤(さむらい)
    VS
千葉智紹
小仲=ペールワン
ピンクタイガードリーミン

の6人タッグマッチ。

大荒れ

ゴングと共に場外戦。相手はサムライ佐藤選手だ!

サムライチョップ!


千葉君も負けてない!

熱い攻防が続く。そして二人のバトルはリング上に。

サムライキック!


千葉君も負けてない!


落ち着いた顔つき

タッチをしてリングアウト。


ピンクタイガー選手登場!

再びリングイン。今度の相手はピンクタイガー選手だ!

ピンクタイガー選手の攻撃を受ける千葉君


追いつめられる千葉君

相手コーナーに追いつめられてめった打ちにされる千葉君。ピンチだ!

これは痛そう

続いてピンクタイガー選手に逆エビ固めを喰らう!

浜辺に打ち上げられたオットセイの死骸のよう

千葉君、死亡か?



千葉君蘇生。

いや、千葉君の目はまだ死んでいない!


執拗な腰への攻撃

しかしここで佐野直選手がまたもや千葉君に逆エビ固めを!

激痛

千葉君、たまらずギブアップ!!



オットセイの死骸

今度こそ本当に死亡……。



試合後、楽屋に千葉君を訪ねてみた。試合でのダメージに加えてデビュー戦の緊張もあってか、かなり疲れている様子の千葉君であったが、マガジンタイポ読者のみんなに試合の感想と今後の抱負を語ってくれた。

試合後の千葉君

「初めてのリングは気持ちよかったです。これからも背伸びをせずにそのときできる最高のファイトをみなさんにお見せしていきたいと思っています。応援よろしくお願いします」



こうして千葉君のプロレスデビュー戦は終わった。率直な感想を述べさせてもらうと、とにかく驚いた。凄かった。あの青いパンツの「ザ・サブミッション」がプロのレスラーとして堂々とした試合を見せてくれるなんて。体育館倉庫のマットと目の前のリングが一瞬、重なって見えた。あの頃といまは決して途切れてはいず地続きのままだったのだ。


私は学生時代から、マジメよりアソビが好きであった。そして、その考えは今でも変わらない。なぜなら真に社会を改革してきたものは、どの時代においてもアソビの論理だったからである。

<寺山修司『新・書を捨てよ、町へ出よう』より>





取材・文/玉手秀明

協力/グレートプロレスリング
SET YOU FREE

資料写真提供/箕浦建太郎
だてゆうや

オレ流W杯観戦記 「熱闘歌舞伎町2006!!」
スポーツ

どれほどこの日を待ちわびたことだろう。


あの宮城での敗北から四年。我らが日本代表は「神様」ジーコを監督に迎え入れて数々の試練を乗り越えてきた。なかなか勝ちを拾えない波乱の船出からはじまり、他国からのブーイングの嵐の中、劇的な勝利の連続で見事その頂点に輝いたアジアカップ。そしてタイ・バンコクでの無観客試合において獲得した、W杯本大会出場への切符。

思い出すだけで涙が出てきそうになる。ジーコJAPANと共に歩んできた四年間。俺は二十代から三十代、結婚もしてそろそろ大人の分別がついてもよい年齢になってしまったが、ことサッカーに関してだけはまったく大人になれないでいた。あの青いユニフォームを見るとにわかに心臓の鼓動が高まり出し、知らないうちに「バモスニッポン」を口ずさんでいるという有様だった。

実際、W杯開幕の日が来るまではほとんど眠れない日々を過ごしていた。部屋の電気を消しても、中田、中村、三都主らの顔が目蓋の裏にあらわれては消え、どこからかあの「バモスニッポン」が聞こえてきてまったく眠れなくなってしまったのである。あまりに困って神経内科で睡眠剤を処方してもらったほどだ。電車の中で大黒やセルジオ越後の幻覚まで見るようになってしまった。いや、それは実際に大黒やセルジオであったのかもしれないのだが……。


愛読紙はもちろん東スポ。

そしていよいよ決戦当日。当然仕事にはまったく身が入らず、スポーツ新聞片手に友人と携帯で今日の段取りを打ち合わせする。

公開中の映画のDVDがあることも!

定時にタイムカードを押して新宿へ。いつもは怪しげなDVDを販売している露店も今日だけはサッカー関連の商品で賑わっている。

歌舞伎町コマ劇場前

試合開始まであと三時間。さすがにまだ人は少ない。

電話中。

到着の遅れている友人に携帯で連絡を。

みんな楽しそう(顔出し了承済み)。

束の間、同志たちとエール交換をする。

人が徐々に増えて行く。



友人到着。

ようやく友人到着。

ドンドンドン。

まだ時間があったのでゲーセンで「太鼓の達人」を。

マツケンサンバで「バモスニッポン」を叫びながら。

気合いの連打でドイツに熱い思いを送る。

と、ここで問題が発生した。歌舞伎町コマ劇場前の広場ではサッカー日本代表のパブリックビューを行わないことが判明したのだ。何たる見通しの甘さ!

広場は大ブーイング。

俺と友人は急いで近くのサッカーバーへ。

超満員。


モニターが遠くて誰が誰だかわからない。

すでに試合は始まっていたが入場には成功した。さっそく腰を下ろして祈るような気持ちで戦況を見守る。頼むぞ日本!

そして前半26分……。

会場大盛り上がり。

ついに歓喜の瞬間が!

玉手も万歳。

日本の先制ゴール! やったー!

会場内は悲鳴の連続。

しかし前半終了、後半開始と時間が進むにつれて次第に雲行きが怪しくなっていく。

三都主の顔が切ない。

ビールの飲み過ぎでトイレでゲロ吐いている間に日本立て続けの3失点! そのまま試合終了! ロビーで頭を抱えてうずくまる俺。そして外に出てみると……。

気持ちはわからないでもない。

日本惨敗のショックで若者たちがやけくそのモッシュ&ダイブをはじめ出した! このままでは歌舞伎町が無法地帯と化してしまう。石原都知事の浄化計画を邪魔する連中はこの俺が許さん!

がんばれ玉手!

モッシュ&ダイブの嵐をくぐり抜け暴動の中心へとむかう。

本気でビビってます。

ならず者たちに囲まれた!

若者たちのパワーに圧倒されています。

羽交い締めにされ袋だたきに。

こっちもやけくそです。

三十路のおっさん舐めるなよ! 長渕キックじゃ!

マジ蹴りです。

長渕キック! 長渕キック! 長渕キック!

急に正気に戻りました。

さあ、お前ら、そろそろやんちゃは終わりにしようぜ!

日本の未来は明るい。

「わかりました、家帰りまーす!」と意外と素直な若者たち。

おやすみなさい……。

こうして歌舞伎町の平和は守られたのであった。

取材・文/玉手秀明
Copyright(C) 2005-2006 MAGAZINETYPO ALL RIGHT RESEREVED.