なぜかまだ続いている「真夜中の給湯室」
風俗批評宣言

みなさん、こんにちは。松澤信之担当編集の玉手秀明です。彼の最新作「売春婦と客との関係性について」はもうお読みになられましたか? 何を言っているのかよくわかりませんね。この前、風俗批評宣言を読んだ知り合いの風俗嬢から「あなたの文章は具体性に欠けている」との指摘を受けたそうです。そして「まったくエロくない」とも。松澤氏の顔は苦渋に歪んでいました。別れ際「岐阜に帰りたい……」との弱気発言まで。ここが正念場です。エッセイが駄目なら小説で勝負だ、小説なら何を言っているかよくわからなくても好意的に解釈してくれる可能性があるぞ、と心ない発破をかけておきました。

ところで唐突ですが、みなさんは「パラレルワールド」という言葉をご存知でしょうか。パラレルとは直訳すると平行、並列という意味があって、そこにワールドがついて「平行、並列世界」。SF用語で我々の住む世界と併存すると考えられる異次元世界のこと、と説明すると何だか難しくなってしまいますが、ドラゴンボールでトランクスが未来からやってきて人造人間を倒しても、未来で再び人造人間を倒さなければいけなかったあれのことです。おわかりになりましたか?

なぜそんなことをみなさんに説明しなければいけなかったのかというと、驚愕の事態が発生したからなのです。松澤信之初の連載小説「真夜中の給湯室」が、雑誌広告増のページ削減により僅か1回で連載が終了し、幻の最終話をマガジンタイポに掲載したのは熱心な読者の方ならご存知かと思いますが、先月、連載誌の編集長から「スペースが空いたからやっぱり続けてくれ」との電話連絡が入ったのです。何も考えずに「わかりました」と答えてから、これは困ったことになったと思いました。何しろ「真夜中の給湯室」はマガジンタイポ上で続行不可能な終わり方をしてしまい、これを続けて欲しいと彼に頼むのはあまりに酷というか、経緯の説明をするのが非常に面倒臭かったからです。

というわけで、勝手に続きを書いてしまいました。

『裏オフィスコミック vol.5』

3分くらいで書きました。

これぞまさしくパラレルワールド。作者不在のまま「真夜中の給湯室」は続いていくのです。それでも僅かなお金(1000円未満)が何もしていない松澤氏の口座に振り込まれるわけですから、これはある意味、人助けでもあるのです。よかったよかった。

さて、今後「真夜中の給湯室」はどうなっていくのでしょうか。どうでもいいですね。もはやこれ以上、面白いことはないと思うので、このネタは今回で終わりにします(裏オフィスコミックでの連載は続きます)。

売春婦と客との関係性について
風俗批評宣言

肝心の題名は失念してしまったが、いまでも時折思い出す映画の一場面がある。

いかにも堅物な中年男性が、たまたま出会った売春婦に「お前はセックスをして金を稼いで恥ずかしくはないのか?」と問うと、それに対して売春婦が「私はセックスをあなたのように特別なものだとは思っていない。だからそれでお金を稼いで罪悪感を覚えることなど一切ない」と言い放つ。中年男性は絶句してしばらく何も言えなくなってしまう。

売春行為が「人類最古の職業の一つ」と呼ばれ、それがいまもなお続いているのはセックスを特別なものだと思う者と、それを特別なものだとは思わない、または無理にそう思わないようにしなければいけない者との共犯関係が成り立っているからであり、売り手にすればそれはごく当たり前のことであるが、買い手の側はえてしてそれを忘れてしまいがちである。

例えばネットの掲示板。風俗関係の書き込みはその大半が風俗嬢に対する悪口で埋め尽くされている。まあ、そんなところに何かを書き込む行為からして、すでに風俗に対して過剰な期待を寄せているおのれの幼稚を暴露しているだけだと思うのだが、悪口ではないものにせよ、あの風俗嬢はチップを払うと本番をやらせてくれるだとか何だとか、レベルの低いものばかりで見ていて本当に頭が痛くなってくる。

風俗嬢はただ単純に、その店で決められた行為(業態)の範囲内における技術の差で、良し悪しを判断されるべきではないかと思う。ただ、そう言ってしまうとあまりに夢がないというか、実際にお店でナンバーワンになる子が必ずしも技術力で抜きん出ているわけでもないと思うので、ならばそれ以外の良し悪しとは何か、ということを考えてみることにしよう。

これは何も体を売る商売に限ったことではないが、ある一定の時間内に買い手側に強い印象を与えることができるかどうか、というのも風俗嬢の良し悪しを計る基準の一つと言えるだろう。どんな商売でも固定客がいると売り上げは安定する。売り手側にその気がない、というケースもままあるだろうが、その問題を掘り下げていくと話がややこしくなるのでひとまず除外しておくことにする。さて、風俗における印象度の差とはいったいどのようなものなのか。顔や体、あるいは性格など、買い手側の個人的な好みで決まる、というかもはやそれでしか決まらないと言えるかもしれないが、逆にそれを予測し、何とか自分の商品価値を上げようと努力する姿勢があるのは勿論、その姿勢がわざとらしくなく、ごく自然に行われているように見える、とまで言うと過剰な期待を寄せているのはお前の方ではないかと反論をされてしまいそうであるが、そもそも売り手側に特別な意識はないという地点から話をはじめているので、これは過剰な期待でも何でもなく、風俗嬢としてはむしろ持っていて当然の意識であらねばなるまい。否、買い手は売り手と顔を合わせる前から受付で金を払って売買が成立しているはずだから、売り手が買い手にどう思われようが関係ないのではないか、という意見もあるだろう。しかし考えてみたまえ。初対面の相手に悪い印象を与えたいと思う人間などいったいどこにいるだろうか。もし端から売り手側がそういう態度を取るのだとしたら、買い手側によほど問題があるか(容姿や物腰、最低限のマナー違反など)、何か非常に悪いタイミングでその場に居合せてしまった(売り手の心身に何らかの問題が生じている)かのどちらかだろう。つまりそれは、諦めるしかないということだ。何か間違ったことが起きてしまった、と思うしかないのである。

それを踏まえた上で、今度は買い手側の意識を考えてみよう。過剰な期待を捨てた上で、純粋に風俗を楽しむことができるかどうか。買い手側に属する我々にしてみれば、むしろこちらの方がよほど重要な問題である。俗に言う「遊廓の流儀」にのっとった上で、そこからどれだけの楽しみを見い出すことができるか。先に「チップを払うと本番をやらせてくれる」なんて話が下らないと言ったのはこのことで、仮にそういう状況になったとしても、それをネットの掲示板で披露してしまうのは何とも大人げなく、そんな秘密は路地裏のゴミ箱にでも捨ててしまって、次の日の朝にはきれいさっぱり忘れてしまうくらいがちょうどいいのだ。それが売り手と買い手の健全な関係というものだろう。

いや、それでも夢は抱きたい。売り手と買い手の関係ではなく、男と女として純粋な関係を結びたいと思うのならば、それなりの責任を負う覚悟が生じてくることになるだろう。時に思わぬトラブルに巻き込まれてしまう可能性だって決してないとは言い切れない。実際に俺はいま、そんなトラブルを沢山抱えてにっちもさっちもいかなくなってしまっているのだ。もう懲り懲りだ。助けてくれ。これは切実なお願いだ。


文/松澤信之

幻の「真夜中の給湯室 第2話(最終回)」
風俗批評宣言

松澤信之担当編集の玉手秀明です。前回の予告通り、東京三世社発行の隔月刊誌『裏オフィスコミック』に掲載予定だった幻の「真夜中の給湯室 第2話」をみなさんにお届けしたいと思います。もはや官能小説でも何でもなくなってしまった松澤氏のやけくそぶりをどうぞお楽しみ下さい。

◇「第1話 真夜中の給湯室は寒い」のあらすじ
 明美はガスコンロのスイッチを入れて手をかざした。経費削減で暖房が切られてしまっているからだ。明美はいじめられていた。やらなければいけないコピーがまだたくさん残っていた。誰もいない社内で「いじめ反対!」と大声で叫びながらコピーを繰り返す明美。そのとき彼女の背後に怪しい人影が……。


◇「第2話 真夜中の給湯室は熱い」
「この頑張り屋さん、たまには息抜きも必要だぞ」
 聞き慣れた低音のバスボイスが背後で響いた。振り返らなくても誰かはすぐに分かった。この会社で働く女子社員全員の憧れ。武田先輩だ。
「すぐに終わりますので、すみません、あっ!」
 動揺して書類を床にばらまいてしまう。明美は顔を伏せながら散らばった書類を集めた。頬が赤くなっているのを気取られたくなかったからだ。明美もまた、武田に憧れている女子社員の一人だった。
「あわてん坊だな。どれ、俺も手伝ってあげよう」
 武田も腰を屈めて明美と一緒に書類を集めはじめる。
「そんな、いいです。自分でやりますから……」
 そのときだった。最後に残った一枚の書類を取ろうとして、二人の手が偶然にも重なってしまったのだ。
「あっ!」
 思わず声を出してしまう明美。
「冷たい手だ。こんな遅い時間まで、大変だったろうね」
 武田はそう言って明美の手をそっと握った。
「先輩、わ、わたし……」
 緊張のあまり声が震えてしまう。憧れの武田先輩から優しい声を掛けられた。大好きな先輩。昔から好きだった先輩。このまま先輩の胸の中に飛び込んでしまいたい。仕事なんか忘れて、一人の女になってしまいたい。
「ん?」
 突然、武田の顔色が変わった。
「どうしたんですか、先輩?」
「変な臭いがするな」
 まさか、と明美は思った。たったいまおかしな想像をしてしまったせいで、明美の下半身は大変なことになってしまっていたのだ。先輩はもしかして、私のアソコの臭いを嗅いでしまったのではないだろうか? 明美は焦った。
「いや、気のせいか。最近鼻炎がひどくてね」
 そう言ってスーツのポケットから煙草の箱を取り出す武田。明美は心の内で安堵のため息をついた。
「むむ、やはり臭うぞ。これは……」
 気づいたときには手後れだった。武田は煙草に火をつけていた。
「ガスの臭いだっ!」
 その瞬間、フロアが大爆発をした。ビルは全焼した。原因は明美のガスコンロのスイッチの切り忘れだった。

真夜中の給湯室 完

二人の愛は永遠に。

松澤信之最新トピック
風俗批評宣言

みなさん、こんにちは。松澤信之担当編集の玉手秀明です。着々と進む「松澤芥川賞千日構想」。我らがさまよう下半身こと松澤信之氏の最新情報をみなさんにお届けしたいと思います。

まず最初に第2回Yahoo! JAPAN文学賞の結果から。応募総数1416作品。松澤信之氏渾身の力作『性病はそよ風にのって』は見事一次審査で落選! 予定通りタイポ創刊号に全文掲載されることが決定しました!

まあ、いくら鉄板だったとはいえ、担当編集者として少しく腹が立つのも事実です。最終選考に残った作品とくらべてみても、全然遜色ないというか、むしろ勝っているくらいのレベルだと思うんですけどね。やはり応募の注意事項にある「公序良俗に反するような内容の場合、選考対象から除外させていただきます」という部分にひっかかってしまったのでしょうか? 文学って公序良俗に反しちゃダメなんですか?と一度むこうの編集者に質問をしてみたいですが、まあ、真面目なお子ちゃま連中相手に喧嘩を売っても時間の無駄なのでやめておきます。

さて、松澤情報はこれで終わりではありません。チンケな文学賞の選考結果を待っている間も「松澤芥川賞千日構想」は続いていました。担当編集者の懸命の営業努力が実って、東京三世社発行の隔月刊誌『裏オフィスコミック』に松澤氏の連載小説が掲載されることが決定したのです!

全国コンビニ、書店売り。

題名は『真夜中の給湯室』。いい感じですね。以下、その記念すべき第1話目を作者了承の上、ここに転載させていただきます(クリックすると大きくなるよ!)。

これが記念すべき第1話だ!

さらに驚くべきことにこの『真夜中の給湯室』、雑誌の広告増によるページ削減でたった1話にして終了してしまうことが一昨日、決定しました! 松澤氏はまだこのことを知りません! もはや世の中すべてが松澤氏の敵になろうとしています! この逆風にめげずに今後も松澤氏と二人三脚で栄光への道めざして頑張っていきたいと思います。みなさん、応援よろしくお願いします!

※正規の風俗批評宣言は年末までに新しい原稿が届く予定です。お楽しみに。

松澤信之、芥川賞作家への道
風俗批評宣言

みなさん、こんにちは。松澤信之担当編集の玉手秀明です。これまで散々と下らないことをしてきた私ですが、思うところ多々あり生涯に残る仕事に着手する決意を固めました。それは風俗ライターとは名ばかりで、現在は場末の雀荘のボーイにまで成り下がった松澤信之氏を芥川賞作家に育て上げようという壮大なプロジェクトです。

かつて長嶋茂雄監督は、ドラフトで十年に一度の大器と言われた松井秀喜を引き当てた際、四番千日構想という育成計画を発表し、彼を見事にジャイアンツの四番打者へと成長させたのでした。そこで私もいまここに「松澤芥川賞千日構想」を高らかに宣言し、年収三百万円以下の松澤信之氏を千日後には印税でビルの一つや二つ建てられるくらいの億万長者に成長させて、私自身もそのおこぼれに預りたいと思っている次第なのであります。

ただ、こんなことを本人に言うとまず間違いなくプレッシャーに押し潰されてしまうのは火の目を見るより明らかなので、最初はこの「風俗批評宣言」に書く文章を勝手に手頃な文学賞に送りつけるという作戦を取ることにしました。ちなみに現在、松澤氏はパソコンを所有していないので、この計画が彼に露見してしまう心配もありません。


これなら楽勝です。

記念すべき最初のチャレンジは「第2回Yahoo! JAPAN文学賞」。文字数は6000〜8000字。四百字詰原稿用紙に換算してたったの二十枚程度。仮にも老舗風俗雑誌で一年間署名連載を持ち、現在も風俗体験マンガの原作などを手がける松澤氏ならこれくらい楽勝でゲットしてもらわないと困ります。応募作品のテーマは「メール」。根っからのアナログ人間である彼には少々難しいお題かもしれませんが、そこは熟練編集者である私の腕の見せ所、彼の才能を存分に引き出すことができれば並み居る素人連中など到底彼の敵にはならないはずです。

発注。

松澤氏に原稿を発注します。今回はいままでのエッセイ調とは違った小説風の文章を書いて欲しいと伝えます。テーマの「メール」も忘れずに。それと文学賞の雰囲気に合わせて「爽やか」で「大衆受け」しそうなもの、特に「二十代後半の女性」をターゲットにした文章を書くように注文を出しておきます。ただ、あまりにこちらの要望が多すぎると松澤氏の才能、およびやる気を殺いでしまう恐れがあるので、あくまで「自分らしく」書くように念を押すことも忘れません。ちなみに現時点で応募締切りの四日前。速筆の彼ならこれくらい余裕のよっちゃんでしょう。

手書き原稿届く。

二日後、松澤氏からFAXで手書きの原稿が送られてきました。さすが閑人だけはあります。素早い仕事ぶりです。

悪い予感が……。

題名『性病はそよ風にのって』。非常に悪い予感がしますがここは松澤氏の才能を信じて次の行程へと移ります。

原稿のデータ化。

松澤氏の汚い手書き原稿をWordをつかってデータ化します。作業を進めるうちに彼がこちらの要望にまったく応えてくれていないことが判明してきて……。

応募。

データ化終了。規定の文字数を大幅にオーバーしているという想定外のトラブルが発生しましたが、とにかく応募の手続きをはじめます。送ってしまえばこっちのものです。

応募完了。

応募してしまいました。編集長曰く「下読みの段階で間違いなく消える」とのこと。私もそう思います。しかし松澤氏と私のチャレンジはまだはじまったばかりです。千日後の印税長者を目指して、今後も二人三脚で頑張って行きたいと思います。


※松澤氏の処女小説『性病はそよ風にのって』はYahoo! JAPAN文学賞落選の結果が届き次第、当コーナーか年末に発行予定の冊子版タイポに全文掲載予定です。みなさん、お楽しみに。

実録版「同情するなら金をくれ」
風俗批評宣言

韓国人マーサッージ嬢と仲良くなった。普通のマッサージじゃない。最後にエッチなサービスのあるマッサージである。この手のお店は料金安くてサービス最悪、言葉通じないからコミュニケーション取れなくて、過剰整形で不自然な顔した寸胴小太り短足の女の子が多いのが特徴だけど、その子はスタイル良くて顔立ちは中の上といったところ、まあいわゆる「アタリ」の部類に入るタイプ。しかも日本語ペラペラで愛想良くて、サービス下手じゃないけど上手くもない、良い意味でプロっぽくない素人臭が出ていて、聞いてみたらまだ入店二日目なのだった。

「働いていた料理屋潰れて家賃払えなくなりました」
「大変だね」
「だからここに住んでます」
「え、ここに?」

昼間でも真っ暗でスタンドの明かりしかない二畳程度の狭い部屋。ここが彼女の生活場所。家財道具一切は友人の部屋に置かせてもらっている。この仕事をしていることは親はもちろん、友人の誰にも言ってない。一日の稼ぎは一万円から二万円、平日は客がまったくこないこともある(店舗型だが看板を出していないので)。親が病気で稼ぎの半分は送金。無駄金つかえないから朝は食パン一枚、昼食抜きで夜は出前のラーメンのみ。休みは隔週の日曜日。あとは二十四時間体制で客待ちをしているのである。

「客いないとき何してるの?」
「寝ている」
「ずっとここで?」
「そう」

ベッドの横の棚に日本語の学習帳があった。

「日本語勉強しているんだ」
「そう、私は一級とりたいです」
「いま何級なの?」
「二級です」
「一級とるとどうなるの?」
「普通の会社で働けるようになります」

一級の試験は年に一度しかないらしい。会話はほとんど大丈夫だけど、漢字が苦手だからもっと勉強しないといけないと言って彼女は照れ臭そうに笑っていた。

「試験、頑張ってね。あとラーメンばっかり食べていたらダメだよ。体悪くするよ。たまに飯ぐらい奢ってあげるから、遠慮なく電話してね」
「わかった、きっとする」

絶対に掛けてこないだろうと思っていたら、帰りの電車の中で電話が鳴った。彼女がメールを送ってきたのだ。「優しくしてくれてありがとう」という言葉の隣に、不馴れな笑顔の絵文字が添えられていた。

それから彼女と何度か食事に行って、三度目だったか四度目だったか、ホテルに行ってセックスをした。これが目的でなかったと言ったらウソになる。俺もウブなガキではない。ホテルでの彼女は店では上げない声を出した。終わった後に抱きついて離れなかった。それなりに満足感もあるにはあったが、なぜだか少し切ない気持ちになった。

食事とセックスの関係が数カ月ほど続いた。隔週で一度くらいだったろうか。そのパターンが崩れたのが、つい先月のことだった。一週間連絡がなく、次の週も連絡がなかった。深入りしたくなかったので自分から電話はしたくなかったが、我慢できずに結局、携帯電話を手にしていた。

「元気?」
「元気じゃないよ」
「どうして?」
「おなか痛い」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない、病院行った。薬もらってきた」

声に抑揚がなく明らかに元気がない。会話の合間にズズーッ、ズズーッと何かを啜る音が聞こえてくる。

「何の音?」
「お湯飲んでる。服脱ぐと寒い」
「仕事してるの?」
「仕事しないと病院行けない」
「休みなよ、体壊しちゃうよ」

しばらくの沈黙の後、彼女は俺にこう言った。

「ならあなた、お金くれる? 私、あなたお金くれるならいつでも仕事辞めるよ」
「……それはできない」
「どうして?」
「俺、金持ちじゃないから」
「うそつき、あなたこのお店に遊びにきたでしょ。お金たくさん持ってるでしょ」
「持ってないよ、本当だよ」
「うそつき」

電話が切れた。

以後、彼女とは一度も会ってない。電話もメールも一切ない。彼女の体調が回復していることを、一級の試験に合格して俺のことなんかきれいさっぱり忘れてくれることを、心の底から願っている。ただ、それだけ。


他に言うことはない。

文・写真/松澤信之

あくまで即物的なセックス相性論
風俗批評宣言

それを知らずに一生を終える人もいるのだろうが、セックスには相性というものがある。心と心の相性ではなく、あくまで肉体と肉体の接触という意味での相性のこと。セックスとは男女の肉体が接触しない限りは成立しない行為である。二人の人間がお互いの肉体を駆使して何かをするという意味において、セックスとスポーツのペア競技(テニスやシンクロなど)は似たような関係にあると言っていいかもしれない。つまりセックスの相性について考える上で最も重要なのは、心ではなく肉体の問題なのである。まず最初に肉体(およびその運動)ありき、心はそれに附随するもの。いやいや、それでもやはり心が大事、などとのたまう者には即刻この場を立ち去ってもらうしかない。

例えばそれは、肌と肌を合わせた瞬間の体感。相手の肌ざわり、肉感などが自分のそれとうまくマッチしているのかどうか。肌と肌の合わせ方が大事なのではない。あくまで触れあった時の感触が大事なのである。同じように、舌と舌を絡み合わせたときの感触、チンポをマンコにつっこんだときの感触というのも大事である。後者は特に分かりやすいが、チンポもマンコも人によってそれぞれ大きさが違う。チンポは大きければ大きい方がいいなどという幻想が一部にまだ根強く残っているが、よく考えてみたまえ、ネジ穴にネジを固定する際に、穴がネジより小さかったらどうなるだろう? その逆もまた然り。本物の穴はネジの大小に若干ゆとりのある作りになってはいるが、それでもネジが大きすぎると無理をして入れなければいけなくなる。うまくそれが合致していたなら? これほど目出度いことはない。つまりこれが相性というもの。心の問題などまるで関係ないのである。

さらにこの考えを確かなものにする為に、もう一つばかり例を挙げてみよう。それは男女の身長差である。男女共々高すぎず、低すぎず、男が女の頭一つ分くらい抜き出ているというのが理想的ではないだろうか。この差はちょうど、正常位や座位において、男女が互いに顔を見合わせながら抜き差しを行うことができる差といえよう。頭二つ分であれば男が女を覆い隠すような格好となり、差がなければ男の顔が女の顔より下の部分に位置してしまう。これは何とも不様なものだ。挿入が性行為のラストを飾るクライマックスであるならば、やはりお互い顔を見合わせて、なおかつキスでもしながらというのが最適であろう。ちなみにこの身長差が最も如実となってあらわれるのがシックスナインで、その差があまりにかけ離れていると男か女、どちらかがかなり無理をして相手の性器に顔を近づけなければいけなくなり、肩や首などをしたたか痛めつけてしまうという事態にもなりかねないのである。


こう考えてみると、セックスがいかに困難な行為であるのかがよく分かる。なかなか上手くいかないからこそ、何度でも繰り返してみたくなるものなのかもしれない。その上手くいかなさ、困難さを埋めるものがあるとすれば、それがつまりは「心」というものなのではないだろうか。


心はいつもロンリー

文・写真/松澤信之
金玉を吸う女についての考察
風俗批評宣言

過日、池袋東口にある出会い喫茶で知り合った自称素人女に金玉を吸われた。

自分の唾液をたっぷり絡ませ、ジュポジュポと音立てながらフェラチオをしはじめた時点でこの女、まさか玄人ではないかという疑念が頭に浮かび、続いてその女が金玉を口に含んでチューチュー吸いはじめて疑念はついに確信へと変わったのだった。

金玉を口に含んで吸う。この行為はいったい何を意味しているか。個人的な感想を言わせてもらえば、こんなのは気持ちよくも何ともない。チンポを口に含むというのなら分かる。それは粘膜と粘膜の接触だからである。その意味ではキスもフェラチオもセックスも皆、同様の行為だと解釈できる。一方の金玉には毛が生えている。毛が生えているということは、そこは粘膜ではないということである。粘膜と粘膜ではない部分の接触。まったく必然性のない出会い。ならばなぜ女は金玉を吸ったのか。舐めるのならまだしも、なぜチューチューと音まで立てて吸ったのか。

もしかするとそれは、性行為にギミック的な効果を与える為のテクニックだったと言えるかもしれない。セックスという、ある種単調な行為にちょっとした驚きを与えることによって、それを盛り上げる、つまりはサーカスの道化のような役割。あるいはただ単純に興味本位でやってみたかっただけという可能性も完全には否定しきれないが、それにしても行きずりの相手と、しかも金銭を媒介として成立したセックスに、興味本位もクソもないと思うのは当たり前のことである。

金玉を口に含んで吸うという行為は、よくハードコアポルノの類で見ることができる。この場合における金玉吸いとは、フェラチオという単調な上下運動をより豊かに見せるための「ギミック的な役割」を持つ行為とはっきり断言してよい。さらに付け加えるならば、金玉吸いにより、そのシーンの尺を稼げるという副次的な効果も期待できる。ただ単純にセックスをするだけならば、一時間から二時間はあるポルノビデオの尺を稼ぐことは到底できない。ポルノビデオではこの他にも、様々なギミックを男優女優が共に駆使して「ショー」としてのセックスを盛り上げる。

風俗における金玉吸いもまた同じだ。普通のセックスではまずしないであろう行為をすることによって客としての相手をよろこばせ、さらにはプレイ時間の穴埋めをすることもできる。

俺はデリカシーの欠片もない男だから、その場で女に聞いてみた。君はもしかして玄人なのではないかと。女は意味深な笑みを浮かべてそれを否定した。深入りをする必要はない。なにしろ二度と会うことのない女なのだから。

そしてプレイが再開した。俺は女にシックスナインをしてみないかと提案した。まさか知らない人はいないと思うが一応説明をしておくと、シックスナインとは男と女が互いの性器を舐めあう行為の俗称である。女は俺のチンポから手を離し、体の向きを変えて自分の尻を俺の目の前に突き出してきた。そのとき女が俺にむかって何て言ったと思う?


「失礼しまーす」


おいおい、これじゃ完全に風俗じゃねえかよ。俺は苦笑いしながら、女の股ぐらに顔を埋めた。そして一心不乱にマンコをベロベロと舐めまくった。


俺の写真はどことなく切ない。

文・写真/松澤信之
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