意義ある夏にするために、いま僕らがすべきこと。
白田ウザム

お暑うございます。
本日の最高気温は東京32度の予想だそうです。

ご挨拶がおくれました。
みなさま暑中お見舞い申し上げます。
ショチュウオミマイモウシアゲマス、と言っても「この鉛弾をテメエのドテッ腹にお見舞いしてやるから覚悟しな!Shot You!」という意味ではありません。

命短し恋するアブラゼミが次世代に遺伝子を残そうと力いっぱい叫ぶ八月がやってまいりました。
私は毎朝汗だくで目を覚まし、起伏のない生活を送っています。
外の見えない地下鉄で閉鎖的に通勤しております。

この通勤時間をもっと有意義に、且つ有効的に使うことはできないだろうか、そんなことをふと思いました。
片道30分、往復で60分、平日5日出勤で300分、300分は5時間ちょうど。
この時間をうまく使って、なにかすごいことをしている人が世の中にはたくさんいるのではないでしょうか。
やる気になったら英会話ができるようになる人。
やる気になったらドイツ語ができるようになる人。
やる気になったらフランス語ができるようになる人。
世の中は広くて優秀な人も多いので、かなりの確率で「駅前留学も異文化コミュニケーションも農婆もいりませんでした!」「通勤時間に勉強しただけで話せるようになっちゃいました!」「甘栗むいちゃいました!」という人が絶対にいるはずです。
そのために電車には語学関係の中吊り広告が多いんでしょうか。

私は今朝、その「有効に使えば外人にでもなれる時間」を、雑誌の広告だけを読んで過ごしました。
それは「神秘のパワーで美女をゲット!いまはフェラーリに乗っています」的な、不思議ブレスレットの広告でした。
貧乏のどん底だったのに、どうにかひねり出した12800円でブレスレットを買ったら、その日のうちに運気が上昇して大金持ちになってしまった、という体験者の談話(写真付き)に心を奪われました。

会社の最寄駅に着いてから、こんなものを熟読した時間というのは、もしかしたらとても悲しい時間の使い方なのではないか、と不安に駆られたのです。
しかし、だからと言って、そういった生活の無駄を排除してしまったら、それこそ人生の浪費なのではないかとも思うのです。
浪費と消費が生活そのものになってしまった現代において、我々の生き方を規定するものはもはや自分ではなく、お金という一点でしかないのでしょうか。

誰しも、浴びるほどのお金があれば生きているのは楽しいはずだ、そんなことを考えたことがあるはずです。
私は週に一度くらいに抑えています。
とはいえ、お金=消費の自由という切り札を持ってしまったら、そこから始まるのは不幸でしかない、と考えるべきです。
お金で買えない価値があり、そこに困難があるからこそ人生を豊かにしていくことができる。
そう考えることが、毎日を楽しくすることの第一歩だと私は考えます。

お金じゃない。
それよりも、もっと気持ちを高める何かを求めることが楽しいんだ。
みんなみんな生きているんだ友だちなんだ。
そう考えるとスッキリします。
まぶしい太陽と水着に包まれた小麦色の肌が踊るビーチのようなすがすがしさでいっぱいになります。

そして今日はサマージャンボ宝くじ発売最終日です。

話題騒然のWii。
白田ウザム

会社の最寄り駅でのできごと。

電車を降りて地上に向かう階段を重い足取りで上っていると、下り側を結構なスピードで駆け下りてくる女性がいました。

残り5段くらいのところで、その女性は足をもつれさせ「ウィー!」と緊急時に思わずこみ上げるプリミティヴな衝動を叫びながら、米倉涼子のポスターに向かって突進していきました。
壁に向かって両手を突き出し、かかとでステップをカッツンカッツンと2度3度踏んだ後、朝イチでスッ転んでおろしたばかりのストッキングを伝線させてしまうところでしたが、週2回のホットヨガで鍛えたであろうなかなかのボディバランスで、危うくその事態を逃れました。

無事に着地した女性は、思わず奇声を上げて周囲の耳目を集めてしまったことに羞恥心を覚えたのか、口もとに手を当てて有楽町線方面に小走りに去っていきました。

「ウィー!」と言えば、私たちの世代が思い出すのはスタン・ハンセンです。
小指と人差し指を大きく広げた『ロングホーン』のサイン、腕を高く上げて肘のサポーターを引っ張りながら、「ウィー!」と雄叫ぶ『不沈艦』。
その姿に私たちはシビれたものです。
濡らした方もいるのではないでしょうか。
今でも「アメリカ人=テンガロンハット」の図式を思い浮かべてしまうのは、ハンセンショック以外には考えられません。

また、新橋あたりで飲んでいる時、ふと周りを見渡すとサラリーマンの集団に四方八方を塞がれ、タイネクを緩めた幸せ顔が十重二十重に連なっていることが多々あります。
ほら、うっすらと聞こえませんか?
ほろ酔いのお父さんたちが、グラスやジョッキやおちょこやおちょこの裏に残った般若湯を、クイッと飲み干して発する「ウィー!」が。

人は原始より、事あるごとに「ウィー!」を口にしてきました。
喜び、悲しみ、怒り、盛り上がり、ガッカリ…等々、数え切れぬほどの「ウィー!」が今日も生まれては消えてゆきます。
あなたもどこかの街角で、あるいはいつかの夕暮れに、思わず口にしたことのある言葉ではないでしょうか。

私も先日、思わず「ウィー!」と大声を上げてしまいました。
任天堂『Wii』を見つけたからです。
もちろん即買いしました。
子供のころの気持ちに戻って毎晩やっています。

どんどん退行しているので、「ウィー!」と叫んで走り回っているだけで幸せな気持ちです。
明日はたぶんクレヨンを舐めながら時々「ウィー!」と奇声を発して周りを威嚇していると思います。
壁の一点を見つめて一日中ヨダレを垂れ流して笑っていると思います。

戦士の魂。
白田ウザム

先日、“サラリーマンの聖域(サンクチュアリ)”こと、新橋で飲む機会がありました。

スーツという装甲をまとった企業戦士たちは、それぞれ自信に満ちた目で小隊を組み、命がけの任務(ミッション)を完了(コンプリート)させた喜びを全身で表していました。

コロッケの演じる岩崎宏美のような女店主に「ママー、ママー」と、母に戯れる幼な子のような無邪気な笑顔を浮かべ、手にした杯を一瞬で空にしていました。
束の間の安らぎと生きている実感とを同時に謳歌し、随喜の酒を浴びて酩酊する姿からは、普段の命がけの仕事の大変さが伝わってきます。

中でも私が惹きつけられたのは、大量の歩兵をピストン輸送する列車の搭乗ホーム(池袋方面行き)で、決死のハチマキ(本来は首に巻き衝撃から首を守る)を巻いた額を地面にこすりつけ、上官に許しを請う若い兵士の姿でした。
なにがあったのかは知る由もありませんが、おそらく重大な規律違反があったものと推測されます。
絶対服従の上下関係、それはすなわち死と隣り合わせの戦場での生命線に他なりません。
やはり、ここも戦場ということでしょうか。
私も身が引き締まる思いがしました。

一般の国民の危機管理意識を高めるために、あのような激しい攻防が夜ごと繰り広げられているということを、もっと広く知らしめる必要があるのではないでしょうか。
海外のメディアでは「日本=平和ボケ」の構図がデフォルトとなって久しいようですが、我が祖国の安全と発展を根底から支えるのは、名もなき兵士たちなのです。

ほろ酔いの心地よさに包まれると、「オレも昔はワルだった」と語り出す団塊の守護神たち。
私はグラスを傾けながら、彼らの知られざる偉業(例:物資の発注数「4」と「千」を読み間違えた、部下の企画書を自分の名前に書き換えて上官に提出、等々)に思いを馳せ、早く彼らが無事に引退されることを願いました。

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」、名将はそう語ることで、次世代に勇気と正義を託しましたが、野良兵士に同じことを言われた時、私たちは何を受け継げばいいのでしょう。
たぶん、加齢臭を気にせずに生きる方法、程度の話しかなさそうなので無言で除隊していって欲しいです。
早く、切に、もう明日にでも。

あの頃みたいなメロウな気分で。
白田ウザム

父の実家がメロン農家なので、毎年大量にいただきます。

私はメロンちゃんが大好きです。
セメダインのような芳香を放つ芯にスプーンをグイッと挿し込んで、甘い雫が滴るジューシィな果肉をほじくり出すとうっとりします。

ここ最近、夕食後に必ずメロンをほおばって、これってちょっとブルジョワっぽい、と思いました。
しかし本物のジョワと異なるのは、早く食べないと熟しすぎて痛んでしまうという危機感の元、ノルマのように食べているという点です。

明日もメロンです。
そろそろメロンという文字がゲシュタルト崩壊してきそうな気がします。

出番を待つ者ども。

宮殿在住。
白田ウザム

仕事で使う名簿の確認をしていたら、「クリムゾンコート」というところに住んでいる人がいました。
こんな名前のマンションはちょっといやだなあと思いました。

21st Century Schizoid Man including Mirrors!!

(なんで?と思った方はこちらをクリック!)

NEOサラリーマンとして。
白田ウザム

単に私の仕事の都合というだけなんですが、4~6月は出張が増えます。
日本中のいろんなところに行けていろんな名物を食べられて楽しいんでしょ?と思われがちですが、実はそうではないのです。

たいがい、出張は同行者がいます。
そしてたいがい、こういう人たちはお酒が好きです。
残念なことに私はあまりお酒を飲まないので、日本各地の銘酒と呼ばれるものを口にする機会があっても、いまいちその価値がわかりません。

正直言って、「っつーか、なんで酒飲みは美味いものがある地方に来てまで、居酒屋行って酒ばっか飲んでんだよ!」という気持ちになりがちです。
各地の名産品は炊きたてのゴハンと一緒に食べたらおいしいだろうなー、ってものの方が多くないでしょうか。
もちろんお酒のつまみにもぴったりなんだと思いますが。

それはともかく。
こういう、酒飲みと下戸のギャップを実感する機会の連綿たる積み重ねが「オレも早くエラくなって、自分の交際費とか使えるようになるぞ!」という、仕事に前向きなモチベーションを持つ原動力になるのかもしれません。
まったくもって食べ物の力と(逆)恨みとはおそろしいものです。

もし私が偉くなって自由にお店を選べる立場になったら、デザートにシフォンとかメレンゲなどが出てくるタイプのレストラントやらトラットリアやらにします。
ホワイトソースを軸にしたメニュー構成にしてやります。
そして乾杯はタルタルソースで行うことを約束します。
一気に飲み干せない人は左遷です。
とりあえずビール、そんなマンネリズムからの脱却が新時代への特急券なのです。

では、これから東北に向かいます。
なぜかいつも私だけ自由席なので早めに並ばなければいけないのです。

カモメは故郷を知っている。
白田ウザム

1年ぶりのゴールデンウィーク、みなさまいかがお過ごしですか?
東名高速も関越道も長い渋滞、先の見えないトンネルの中で排気ガスを胸いっぱいに吸い込みながら、ロハス生活をレポートするワンセグ番組を観ていらっしゃる方も多かろうと思います。

春5月といえば、都会の民こと元・カントリー娘たちが大挙して帰省する季節です。
たった2ヶ月前まですっぴんで地元中学校のジャージ上下にキティちゃんサンダルでコンビニに通っていたお嬢ちゃんたちが、いまや代官山やら青山やらに毎日登っています。
おしゃれな雑貨屋で見つけた中国製のプラスチック家具に大枚を払い、6万の家賃を仕送りでまかなうキャワユイ女子大生たちが、今晩の夜行バスにスシ詰めになっていることでしょう。
そんな彼女たちは、5週間ぶりに地元の空気を吸ったにも関わらず、自分のルーツがそこにあることを忘れたふりをします。
そして鏡に小一時間向かった後、今最高にハイセンスハイライフなワタシを醸す自慢の一張羅を身につけ、ジャスコに向かうのです。
当時は輝いて見えたフロア(2Fヤングストリート)は一気に価値を落とし、そこでショッピングを楽しむ地元に残った同級生を見かけるたびにちょっとした優越感に包まれるのです。
しかし、都内の地下鉄は乗り換え表(丸井の広告入り)がないと迷ってしまい、結局なんとかしてJRに出なければと切羽詰った一昨日のことをふと思い出して苦虫を噛み潰したりします。

そんなこんなで久しぶりに会う友人たちとフードコートに集合しプチ同窓会が始まります。
お互いの結構な変わりっぷりにはあまり触れず、いかに東京(特に国道246号沿い)が自分に合った街かということを声高に語るのです。

それはさておき、ご他聞に漏れずミーちゃんハーちゃんを自認する私ことウザムも、この長い休みを有効に過ごすために、地元の友人とささやかな規模の同窓会を予定しています。

自分でも信じられないくらいになぜか気分が高揚してきて、お風呂にゆっくり浸かってゴワゴワのあごヒゲを柔らかくした後、念入りに剃毛致しました。
私の場合、スネ毛は薄く胸毛も全くないのに、顔近辺の毛だけはなぜか“もっさぁ”と生い茂っているのがとても面倒な点です。

まるで高田馬場と歌舞伎町と鶯谷の消費者金融で借りた金を目白で一本化するように、2日ほどでマユ毛が完全に一つになって手に負えない状態になります。
その姿は、あたかもカモメが大海原を滑空するように雄々しく自由なのですが、いかんせん現代に通用するスタイルではありません。
そのために私はいつも左マユと右マユの間の僅か1.5センチにカミソリを当てサッとあぜ道を作るのです。
今日は自らの顔に飛翔するカモメをばっさりと斬り捨てつつも、その存在感に敬意を表し、女性初の宇宙飛行士となった旧ソ連の女傑テレシコワを真似て「私のカモメ!」と言ってさよなら(ダスビダーニャ)しておきました。

しかし恐るべきことに、シベリアの大地の力かはたまたスぺツナズの暗躍か、それともスプートニクから飛んできた宇宙線の影響から、勢い余って右マユが通常よりも短くなってしまったのです。
直すのも面倒なので放っておきますが、なにかいいオモシロ言い訳はないものでしょうか。

少々考えた結果、これは東京に生きている者の心意気を示すファッション(ホワイトバンド的なもの)ということにします。
どうせ今の私の生活のことなんか誰も知らないし、これは新橋~虎ノ門エリアのサラリーマンにだけ通用するものなんだ、とか言っておけば大丈夫でしょう。
適当なエピソード(例:達人・大山倍達が修行に向けた気合を保坂尚輝の出家レベルで行う簡易的な気持ちのスイッチング方法なのだ、等々)でも作って吹聴することにします。

地元に帰るって、本当に心が躍りますね!

明日はハレルヤ。
白田ウザム

昨日今日と大雨で洗濯物が乾きません。
やまない雨はないと言いますが、物干しにずっと洗濯物がかけっぱなしになっているのもちょっとどうかと思ったりします。

雨と言えば七夕です。
七夕の日は十中八九レイニーデイじゃないでしょうか。
まだ4月の真っ只中で季節感を120%無視した話題ですが、ふと思ってしまったのでこのまま行きます。
誰も私を止められません。

聞くところによると、なにやら雨が降っていると、天の川があふれて織姫と彦星は会えない展開だそうです。
でも冷静に考えてみると、このお二人は雲の上にいらっしゃるわけです。
だったら雨は関係ないんじゃないでしょうか??
小学生の頃からずっと疑問に思っていたことをここに改めて記しておきます。

究極的に男と女の間のドラマなんて、当人同士にしか分かりません。
結局のところ、雨のせいにしてお互いに焦らし合い、テンションを上げて何かの行為に至る過程を楽しんでいるようにしか思えないのは、私が世俗にまみれているからかもしれません。
♪会ーえーなーいー時間がー愛育てるのさー目をつーぶーればー君ガイルーという歌からも分かるとおり、そういうプレイ的なサディスティック加減が、恋愛をごうごうと燃え上がらせる焚きつけになるという事実もあるようです。

そして、ガイルと聞くと「サマーソルト!」「ソニックブーム!」を思い出してしまうのは
ストⅡ世代の宿命なんでしょうか。

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