青森県在住・安藤まり子(仮名)の場合<3>
生活・生きる

話をしている途中で、“冷やし山菜うどん”さんは突然気を失いました。

初めて会った人が目の前でいきなり失神状態になるという、いかにも不合理な展開に、私は、なにかせねばと気がせいてはいるものの、どうしようもなく目の前のオシボリでテーブルを拭いたりしていました。

数分後、ううんううんと小さなうめき声を上げた“冷やし山菜うどん”さんは、かすかに身をよじり、それに合せて真っ白になった顔に徐々に生気が戻り始めたように見えました。

そして、ぱち、と目が開いたのです。





―――大丈夫ですか?

「…ええ」

―――水でも飲んでください。

「いただきますわ」

―――突然どうされたんですか?もしかして重い持病があるとか。

「いいえ。身体はすこぶる健康ですのよ」

―――ならいいんですが。びっくりしました。

「驚かせてしましました?それはそれは。本当にごめんなさいね」

―――いえいえ。ただ少し印象が変わってしまったように思えるんですが…。

「ところであなた……」

―――はい……。

「納豆を食べると……」

―――……納豆、を……?









納豆を食べると痩せられるってご存知?


<つづく>

構成/白田ウザム

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「青森県在住・安藤まり子(仮名)の場合<1>」
「青森県在住・安藤まり子(仮名)の場合<2>」

青森県在住・安藤まり子(仮名)の場合<2>
生活・生きる

小雨そぼ降る6月のある日、私はひとり青森にやって来ました。
1泊2日の出張仕事にプラス一日、ちょっとした興味と好奇心とを含んだ野暮用イベントのために。

指定された店に5分前に到着すると、すでにニックネーム“冷やし山菜うどん”さんが座っているのが見えました。
一度も会ったことがないのにどうして分かったのかというと、その店には彼女以外誰も客がいなかったからです。

しかし、そんな状況証拠を抜きにしても、確実に“冷やし山菜うどん”さん本人だと特定できる物品がありました。
それは、テーブルの上に置かれた『マリー・アントワネット』の映画パンフでした。
キルステン・ダンストが指に付いた生クリームにむしゃぶりついて、焼却炉の中で石油製品が溶けるような笑顔をこちらに向けています。
それを見た瞬間、間違いないと思いました。

店のガラス戸を開けると、カウベルがカランコロンカラーンとなり、私の来店を知らせました。
途端に顔を上げた“冷やし山菜うどん”さんは、声を出さずに「ウ・ザ・ム・さん?」と聞きました。
私は無言でうなずき、対面側に腰を下ろしました。

黒のパンツスーツに身を包み、緩めのタテ巻きできめた彼女はうやうやしく立ち上がり、「はじめまして“冷やし山菜うどん”です」とお辞儀をされました。
私も「はじめまして。白田ウザムと申します。どうぞよろしくお願い致します」と、新人営業マンのような挨拶を交わしました。
“冷やし山菜うどん”さんはほほほと笑い、「こんな改まって“冷やし山菜うどん”だなんて!」と手を叩きました。

―――ネットの書き込みや日記を拝見しました。ユーモアあふれる方なんですね。

「そうですか?ほとんど思いつくまま書いてるだけなんですけどね。キレイなものとか美味しいものが好きなのは普通じゃありません?」

―――ですね。でも『前々世はオーストリアの王侯貴族』とか『ほぼ2日に1度、マリー・アントワネットが降りてくる』って言い切るところは普通じゃない気がしますけど(笑)

「ほほほほほ!みなさんそう仰いますわ。でも事実は事実なので、隠すこともないと思っております」

―――事実だからしょうがないと(笑)で、女社長という。なんかいろいろすごいですね。

「仕事は、たまたま閃きがあったものを始めたら軌道に乗ったんですよ。5年ほど前に欧州に旅行した時のことなんですけど、シェーンブルン宮殿でふと思ったんです。ペットに関するビジネスをできないか?って」

―――ペット事業ですか。それはどういったものなんですか?

「ワンちゃんって毎日の散歩が大変じゃないですか。それが気になってペットを飼えない方もたくさんいらっしゃるんじゃないかしら、と思いまして。気軽に利用できるペットのお散歩屋さんデリバリーを始めたんです。ペットってとても癒されるでしょう?だから多くの人にペットと過ごす生活を送っていただきたくて」

―――気軽に利用できるってことは低価格なものなんですか?

「ええ。最初は1時間15000円(税別)でやっていたんですけど、全く反応がありませんでした。どうやら高く感じられたようで、半年後に500円(税込み)に値下げしたんです。でも今度は、その金額だと交通費などを差し引くと利益にならないことが分かりました。なのでまた半年くらい後に値上げさせていただいたんです。それからはずっと1時間850円(税込み)で続けています」

―――バイトの時給くらいですね。

「そうです。でもそこがミソなんだと思いました。お客さまの気持ちとして、そのくらいの人件費であれば人一人雇う場合の相場だとご納得いただけるんでしょうね」

―――経費などを差し引いたら利益が残らないんじゃないですか?

「いいえ。ちゃんと毎月利益は上がっておりますよ。経費と言っても、社長の私と、精神的取締役のマリーだけで運営しておりますから、さほど心配はいらないのです」

―――精神的…取締役ですか…。

「でも、関東や東海地方に出張でお伺いすると、赤字になってしまうことがございますわね」

―――出張もあるんですか?

「ありません」

―――ないんですか。なら、その心配は杞憂ですね。

「口コミでどんどんお客さまが増えて参りましたので、いずれそういうこともあろうかと考えています。インターネットやSNSに関わっているのは、そういう目的もあるんです。後で是非当社のホームページをご覧になってください」

―――わかりました。URLを教えていただけますか?

「www.わんわんおさんぽどっとこむ、です」

―――口コミはすごいですよね。なにか特別なサービスがあるんですか?

「はい。ペットのメンタルケアに重点を置いております」

―――と、言いますと?

「私はワンちゃんたちの考えていることが分かるので、それを飼い主の方に伝えるようにしております。そうすると、ペットも飼い主も、お互いに満足のいくコミュニケーションが取れるようになるのです」

―――今、わりとヤバいことをサラッと言いましたが、それは犬としゃべれるということでいいですか?

「はい。シャチともしゃべれます」

―――すごいですね。

「それは、私の体質がたまたまそうだった、というだけのことですので」

―――たまたま、にも限度があると思うんですが。

「それは私が………」

―――どうしました?

「ううっ…、ちょっと……」

―――大丈夫ですか!?顔が真っ青ですよ!

「……大…丈夫…で…す」

震える手でコップに注がれた水を一口飲むと、そのまま“冷やし山菜うどん”さんは気を失ってしまいました。
話の展開が見えないながらも、なんとなく調子を合わせながら話していた途中でのことでした。
あっという間に全身から血の気が引いて行き、ロウ人形のように白くなってしまった彼女の頬。
私は、なんの状況もつかめぬまま茫然とそれを見つめ続けるしかありませんでした。
そして数分後、パッと目を開いた彼女は驚くべき変化を遂げていたのです。

<つづく>

構成/白田ウザム

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「青森県在住・安藤まり子(仮名)の場合<1>」

青森県在住・安藤まり子(仮名)の場合<1>
生活・生きる

コトの発端は超巨大SNS(ソーシャルネットワークサービス)の、とあるコミュニティでした。

「スピリチュアル」や「前世」、あるいは「オーラ」などの世迷言に(「ネットで大儲け」「一日たった5分で10キロ痩せた」などにも)弱い私、白田ウザムは、ひとつ気になる書き込みを目に止めました。

ケーキ大好きです!
甘いものを食べるとオーラが熱くなる感じ(笑)
もしワタシがマリー・アントワネット(!?)だったら
毎晩スポンジケーキのベッドで(爆)眠ってるはずでーす!!

こんなにギャグセンスあふれる素晴らしい書き込みを見たのは久しぶりだったので、思わずどんな人間なのかを確かめるため、その人物のプロフィールを見に行ってしまいました。

すべてはここから始まりました。

私の誤算は、このSNSにおける基本ルール(訪問者の足跡が残る)をすっかり忘れていたことです。
その日のうちに、このスポンジ頭の女性が、私のプロフィールを見に訪れていました。

いわゆる“踏み返し”です。

プロフィールと参加コミュニティ一覧から何かを感じたのでしょうか、私の日記に(頼まれてもいないのに)コメントを入れてくれました。

『足跡から来ました。すごくおもしろい日記ですね! 私は一度でいいから自由が丘のスイーツフォレストに行ってみたいです♪』

ちなみに私の日記は「13日の金曜日に降るのは血の雨」というタイトルで、内容はタイトルと全くリンクしない大阪出張についてのものでした。
どこにスイーツやら自由が丘やらが関わってくるのか分かりません。
しかし、とにかく彼女はこのような楽しげなコンタクトを取ってきたのです。

彼女のニックネームは“冷やし山菜うどん”。

そして、どこでどう関連付けされたのか、ほぼ毎日“冷やし山菜うどん”さんは私のページに足跡を付けて行くようになりました。
恐ろしいもので、日記を書く度にコメントを残していく彼女に、私はだんだん慣れてきてしまいました。
必ず自分のことを書いていく、いや、むしろ自分のことしか話題にしない彼女に、です。

そのような交流の結果、以下のことがわかりました。

・美輪明宏が人間としての理想系。
・疲れている時に甘いものを摂るとハイになる。
・実家が資産家だ
・彼氏は8歳年下。
・「イイ女」と言われるのが最高の褒め言葉。
・青森県在住。
・会社を経営している。
・前世は貴族。
・ヨーロッパに行くと落ち着く。
・たまにマリー・アントワネットが降りてくる。
・ピアノはもちろん、クラリネットもできる。
・モーツァルトは天才。
・本名は安藤まり子(仮名)。

そんな矢先、私は青森県弘前市への出張が入りました。
ここでの仕事は少々面倒なのでその愚痴を日記に書き散らしたところ、“冷やし山菜うどん”さんからメールが来たのです。

『青森はいいところですよ! 時間があったらお会いしませんか?』

こういうのも逆ナンと言うのでしょうか。
長いスパンの詐欺でしょうか。
それともよくあるマルチへの入口でしょうか……。


<つづく>

構成/白田ウザム
お風呂が沸くまでのあいだにすべきこと
生活・生きる

お風呂が沸くまでのあいだ、あなたは何をしていますか?

残りおよそ5分でお風呂が沸くまでのあいだ、仕事でもプライベートでも多忙な日々を送るエグゼクティブなオトナの男たるもの、いったい何をするべきか? 34歳・独身の私がほろ酔いで考えてみました。

○実験結果の音声ファイルを聞く
magtypo070702.mp3(約3.5MB/3分51秒)


酒を飲んだ時の自分は、いろんな意味で世界最強だと自負しています。
飲んでいるときだけ。


声/小林辰巳

タマ坊のディスカバリー・ジャパン 第1回
生活・生きる

2007年5月14日、憲法改正の手続きを定める国民投票法が参院本会議で採決され、与党の賛成多数で可決、成立をしました。法施行は3年後、つまり2010年以降ということになりますが、いずれ自分の国の憲法の中身について、自分自身で何らかの判断を下さねばならない日がくるかもしれません。いえ、その日はきっとくるでしょう。その為に我々は何を準備しなければいけないのでしょうか。

それは自分の国の歴史を知ることです。自分たちの両親、その両親、そのまた両親の辿ってきた道のりを振り返ってみることです。たとえば柴咲コウと梶芽衣子は顔だけじゃなく歌声までそっくりだ、だから柴咲コウはポップソングなんかを唄うより「女囚さそり」シリーズを自らの主演でリメイクして劇中歌の「恨み節」や「女の呪文」をカバーすれば歌手のみならず女優としても一皮剥けるはず、ということを幾ら主張してみても、相手が梶芽衣子を知らなければ何の意味もありません。逆に相手が柴咲コウを知らない場合も一緒です。そこには歴史の断絶があるのです。

知ることすなわち、それは正しい道を進むということです。柴咲コウが平成版「さそり」にならず「女の呪文」をカバーする気配すらないのは、間違った道を進んでいるということなのです。彼女のみならず、彼女の周囲に彼女を正しい道へと導く者がいないのは、とても不幸なことだと思います。そうです、無知であることは不幸であることと一緒なのです。

さて、来るべき明日に不幸にならない為にも、我々は知らなければいけません。何を知らなければいけないのでしょうか。それは分かりません。なぜなら私もまた不幸である者の一人だからです。知らなければいけないことは山ほどあります。知れば知るほど、新しい疑問が生じてくることでしょう。もしかするとそれは、死ぬまで続く人間の業のようなものなのかもしれません。しかし、私は知ろうとすることを選びました。私の行為がたとえ私自身を幸せにすることがなかったとしても、それは必ず何らかの形で次の世代に繋がっていくと思うからです。それが新しい歴史を生んでいくのではないかと思うからです。


というわけでタマ坊のディスカバリー・ジャパン、第1回目は東京都府中市にあるにある府中市郷土の森博物館へと行ってみることにしました。

旧田中家住宅。

府中駅からバスに乗って約10分。府中市郷土の森博物館は江戸から昭和にかけて府中市内にあった建造物を多摩川沿いの広大な敷地内に移築復元した博物館です。

長閑な散歩道。

緑豊かな公園の中をのんびりと散策しながら府中の歴史について学ぶことができます。

旧府中町立府中尋常高等小学校。

旧府中町立府中尋常高等小学校にやってきました。昭和10年に移転建設された校舎を復元したものだそうです。よくわかりませんが中に入ってみることにしました。

国定5期教科書。

1941年に改定された国語の教科書が展示してありました。

アカイアサヒ。

手を振る子供たちの絵の上に「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」と書いてあります。次のページには「ヒノマル ノ ハタ バンザイ バンザイ」と書いてありました。ここには展示していませんでしたが、算数の教科書では戦闘機や戦車で数の数え方を教えていたとの説明書きがありました。

作文と習字。

昭和12年から16年にかけて本学校に通っていた島田和子さんの作文と習字が展示してありました。

島田和子さん作。

天皇旗最敬礼。

再び島田和子さん作。

戦争軍旗大砲。二重丸がいっぱい。

三たび島田和子さん作。

乃木大将旅順開城。明治38年1月2日、日露戦争での出来事です。後に「二百三高地」という映画が作られたりしました。

結局全部島田和子さん作。

いも掘大根引。いままでの習字とはちがって素朴な味わいがあります。

島田和子さんの作文。

昭和16年12月21日に書かれた作文。タイトルは「真崎大将」。興味深かったので全文を引用します。

大東亜戦争の真最中の12月20日の朝。「頭右」。小金井先生の号令で私たちは一せいに頭をむけた。 真崎大将はやさしい目で私たちに敬礼して下さった。私は此の間から真崎大将はひげのぴんとした東條総理大臣のやうな方だと思っていたらぜんぜんちがってやさしいやさしいおぢいさんでした。そんなことを考へているうちに大将は皆にむかへられて校門へ入っていっておしまひになりました。一点の雲もない冬の空。私たちは真崎大将がマイクロホンを前にお話なさるのをじっと聞いています。「此の大東亜戦争に勝つには国民が心を強く持たなければならない」と真崎大将はおとしよりなのにとても元気なこえでお話なさいます。「つよくなるといふのは己にかつことです」。私はふと国語第五で孔子が己にかつといふことを実行していたことを思ひ出しました。そしてこの真崎大将はやっぱり孔子様のやうにえら方(原文ママ)なんだと思ひました。それから大将は「えらくならなくてはならない。えらくなるといふのはうそをつかないことだ」とお話になりました。私は朝礼台の大将が神様のやうに見えました。私はこの言葉をまもって大東亜戦争の最後の勝利を得やうと思ひます。


戦後間もない教科書。

戦後間もない頃の社会の教科書を閲覧することができました。

日本国憲法について。

日本国憲法についての説明が書いてありました。これを読んだ島田和子さんははたして何を思ったのでしょうか。

席につくタマ坊。

戦前から戦後にかけての日本の歴史がタマ坊の頭の中をものすごい勢いで駆け抜けていきます。

徴兵検査所風景。

廊下に徴兵検査所の風景を書いたボードがありました。

けっこうエグい。

大事な部分が若干汚れていますが、とても大変なことが行われていたようです。いったい何を検査していたのでしょうか?

水車小屋。

学校を出てしばらく外を歩いていると、水車小屋を見つけました。この地方に多かった「胸がけ式」という作りだそうです。

滝。

滝の前で佇むタマ坊。日本的情緒に浸っています。

お花畑。

素敵なお花畑がありました。

勝手に幟で遊ぶ。

ふるさと体験館で勝手に幟で遊んでみました。

竹馬で遊ぶ。

今度は竹馬で遊ぶタマ坊。心はすっかり童心に。

難しい。



難しい。

わーいわーい。

勝手に餅つき。

当時の農家の暮らしを勝手に体験してみました。

勝手に背負う。

勝手にカゴを背負ってみます。

勝手にいじる。

勝手にわらで遊んでみました。何となく背中が寂しいです。

おしまい。

というわけで、この日はとても有意義な一日となりました。歴史に触れる重要性をあらためて痛感した次第です。ところで柴咲コウが「女囚さそり」をリメイクする場合は夏八木勲の役は妻夫木聡が演じればいいと思うのですが、いかがでしょうか。どうでもいいですね。それではみなさん、さようなら。



取材・文/玉手秀明
 

タマ父のわくわく動物ランド「我ら永遠不滅の父子なり」旭山動物園編
動物

人生に必要なことは、すべて父親の書棚から学んだ。書棚と言っても、そこに置かれていたのは漫画ばかりであったが。

当時、絶頂期を迎えていた週刊少年ジャンプの主要な作家の作品(コブラや北斗の拳、シティーハンター、アラレちゃんからドラゴンボール)は勿論、手塚治虫や藤子不二雄、ちばあきおや山上たつひこ、白土三平、池上遼一、さいとうたかを、他にも小池一夫原作の漫画等々。自分が恐ろしく早熟で小生意気なガキになってしまったのは、間違いなく小学校低学年で「カムイ伝」や「実験人形ダミー・オスカー」や「男組」や「影狩り」や「喜劇新思想大系」を読んでしまったからであり、そこからさらにいろいろと経験を積んで成熟した大人になっていればそれも報われただろうが、基本的にいまの自分は当時の自分とそれほど変わってはいない。これはほとんどトラウマと言ってもいいのではないかと思う。トラウマと言えば父親と自分、友人の三人で「食人族」だったか「食人帝国」のビデオを見た記憶、あれもまた異様な光景として網膜の裏に焼きついて離れない。こんな幼少期を送ってまともな大人になどなれるはずがない。身を持って証明している。

さて、そんなお粗末な自分史をこの場で語らざるを得なかったのには訳があって、先日、実家から一通の封書が届いたからである。封書と言ってもその大きさはかなりのもので、中にアルバムでも入っているのではないかと思いつつ封を開けてみたら、実際にアルバムと十枚超の手紙が入っていたので驚いた。

秀明、元気ですか。お母さんです。強い風が吹く毎に竜巻のことが頭をよぎります(※2006年11月、北海道佐呂間町で国内最大強度の竜巻が発生し9名の死者が出た)。これからは地震に加えて、心配事が増えたようです。 釧路はまだ雪は降っていません。18日にクシロバスの「旭山動物園バスツアー」に参加しました。発掘の仕事(※母親はここしばらく遺跡発掘の仕事をしていたが、先日、発掘が終了して専業主婦に復帰した)を終えてぼーっとしている身には良い刺激になりました。以下はバスツアーの話です。


タマ父見参!

朝5時40分出発。途中、セブンイレブンでおにぎり3個を昼食用に買い、文苑バスセンターまで。全120名余。バス4台。6時10分出発。バス中でお父さんがおにぎりを車の中に忘れてきたことが発覚。写真は何度目かのトイレタイム。

到着

昼に旭山動物園到着。写真は正門です。

ペンギン館

最初にペンギン館に行きました。

ペンギン君です

デジカメのシャッターが遅くてなかなかうまく写りません。ペンギン君たちは泳ぐのが速すぎです。

ペンギン館ドーム内

ドームの中、もっとゆっくり見ていたいのに、物凄い混雑。図々しく居座らないとなかなか見えません。フラッシュ禁止と係の人が言っているのにきかない人がいました。お父さんと「困ったもんだね……」と言い合いました。

アザラシ君です

アザラシ館です。ゆらゆらと下からアザラシ君があらわれました。上からもきます。とても面白かったです。

タマ父やや離れて

人がいっぱいでお父さんは少し離れて見ています。

昼食タイム

昼食です。食券を買ってジンギスカン唐揚げを。半分残しちゃったのでホテルの夜のおやつ用に持っていくことにしました。

シロクマ館

シロクマ館。すごい迫力ですがなかなか前で見られません。ここでもフラッシュをたく人たちが。シロクマが失明するかもしれないので、と係の人が言っているのに……。

ヒョウ館

ヒョウ館です。いろんな角度から見られて面白かったです。

オラウータン館

オラウータン館です。

オラウータン君

間違ってフラッシュをたいてしまった! 係の人に睨まれちゃった……。

タマ父もオラウータンに興味津々

ガラスに蜂蜜を塗ると近くにきてくれるそうですが、終わった後だったので近くにはきてくれませんでした。後はおみやげを買ったりトイレの長い行列に並んだりして時間が過ぎていきました。

長くなりましたがこれで「旭山動物園バスツアー」の話はお終いです。インフルエンザが流行っているので予防接種を受けておくように。では。

雪景色

写真に写る父親の姿を見つめながら、これは未来の自分の姿ではないかと錯覚をした。怖いぐらい似ていた。まるで自分が旭山動物園に行ったような気分にすらなってしまった。アルバムを閉じ、煙草に火をつけ、ぼんやりと天井を眺めていると、昔読んだとある漫画の一場面が浮かんできた。

川は海に注ぎて波となる
大きなうねりの波
小さなうねりの波
寄せてはかえし絶ゆることはない
人の生命もこの波に同じく
生まれては生きて死んではまた生まれる
ほどなく父の五体はもの言わぬ屍となろう
だが父の生命は波に同じく来世という岩頭に向いて
また生れ変るべくうねっていく
五体死すとも父の生命は不滅なのだ
おまえの生命も然り
我らの生命は絶ゆることなく永遠に不滅なのだ
皮破るるとも血が噴くともうろたえるな
父の五体倒るるもひるむな
父の眼閉じらるるとも
父の口ひらかぬともおそるるな
生れ変りたる次の世でも父は父
次の次の世でも我が子はおまえぞッ
わしらは永遠に不滅の父と子なり

< 『子連れ狼 最終話「腕」』 より>



千春のふるさと


文/玉手秀明

千葉智紹物語3 「夢は夜ひらく、そしてしぼむ」
スポーツ

2006年12月8日、後楽園ホールに千葉君のプロレス5戦目を見に行ってきました。

藤原祭り

全日本キックボクシング「Fujiwara Festival〜藤原祭り2006〜」。年末恒例のビックイベントにグレプロが提供マッチを行うことになったのです。レスラー1年目にして格闘技の聖地に立つことになった千葉君。凄い凄いと騒いでいたら、試合が行われるのは休憩時間、取材パスも下りないとのことで何やら怪しげな雰囲気が……。

ピンクタイガー&小仲=ペールワン

通路に普通にピンクタイガー選手と小仲=ペールワン選手がいました。控え室もないそうです。挨拶すると「反対側の通路に千葉君がいるよ!」とピンクタイガー選手が笑顔で。ピンクタイガー選手は子供たちに大人気でしきりに声をかけられていました。もはや遊園地の着ぐるみ状態です。

千葉君緊張

千葉君を発見。休憩時間の余興とはいえ、かなり緊張しているようです。いままで見たことのないような顔をしていました。

千葉君リングイン

休憩のお知らせが会場に流れると同時に千葉君リングイン。

勢揃い

佐野直(静岡プロレス)
小仲=ペールワン(GUYZ)
唯我
ギャグマシーンお兄ちゃん
千葉智紹
VS
ピンクタイガー(ピンクタイガーモンスター軍)
ピンクサブ(ピンクタイガーモンスター軍)
ピンクメガネ(ピンクタイガーモンスター軍)
ピンクタイガーソルジャー(ピンクタイガーモンスター軍)
網飛鳥(グレートプロレスリング元代表)

の10人タッグマッチです。

千葉君乱闘に乗り遅れる

試合開始のゴングが鳴ると同時に乱闘開始。千葉君、明らかに乗り遅れています。

網元代表飛ぶのか?

わずか10分程度の試合でここが一番のハイライト。

負傷

普段なら絶対、飛ばないはずの網元代表が、お客さんたちから「飛べこの野郎!」「とっとと飛べや!」などの野次を飛ばされ勢いで場外ダイブ。直後、周囲を囲む選手たちに小声で「怪我した」と涙目になりながら……。

千葉君暴れる1

千葉君の数少ない見せ場。

千葉君暴れる2

結構頑張ってましたが10人タッグだけにあまり目立てず。

これで終わり?

よくわからないうちに「試合終了まで残り10秒」との冷酷なアナウンスが会場に流れ、なし崩し的に試合は終わってしまいました。

ごめんなさい

この結果にはさすがに本人も納得がいかなかったようで「来てくれたお客さんに申し訳ない」と平身低頭の様子。負けるな千葉君、明日があるさ。2007年も頑張ろう!



取材・文/玉手秀明

写真提供/レトルト中村

真説・こうして我が中日ドラゴンズは日本シリーズを制覇した。
イベントタイポ

長かったようで短かった半年間、我が中日ドラゴンズがいよいよ日本シリーズに王手をかけた。初戦を敵地で落としたものの、その後、札幌から名古屋へかけて破竹の3連勝。これは是が非でも応援に駆けつけなければいけないと思い、当日の仕事をすべてキャンセルして観戦の準備を整えた。


気合い入りまくり。

10月26日木曜日。日本シリーズ第5戦。午前四時に起床して羽田空港へ。

名古屋駅。

新千歳空港から快速エアポートに乗って30分、名古屋駅に到着。

寒い。

妙に寒いが中日ドラゴンズ地元での胴上げを思うとにわかに体が熱くなる。

名古屋城。

名古屋城の前で記念撮影。依然として外は寒いがきっと気のせいに違いない。

名古屋テレビ塔。

久屋大通公園にある名古屋テレビ塔をバックに。異様な寒さだがこれはおそらく武者震いというものだろう。

スカイバルコニー。

スカイバルコニーから名古屋の街並みを一望。あらゆる場所から「燃えよドラゴンズ」の唄声が聞こえてくるような気がする。

ナゴヤドーム。

ナゴヤドーム到着。以前きた時とは外観が違って見えるがきっと改装でもしたのだろう。そうに違いない。否、そうであるべきだ。

赤いボード?

入り口で赤いボードを配っていた。なぜ赤なのだろうか。よくわからない。最近、仕事が忙しかったので青が赤に見えているのかもしれない。きっとそうだ。

入場?

内観も完全に変わってしまっている。ここは本当にナゴヤドームなのだろうか?

応援団発見!

一塁側に応援団発見。間違ってなかった。ここはやっぱりナゴヤドームだ。もう安心だ。

ドアラ。

ドアラもいた。

最前列。

座席は外野の最前列。超良席。

川相選手らしき人。

今シーズン限りで現役を引退する川相選手らしき人の姿も見える。

ドラゴンズブルー。

試合開始。観客席がドラゴンズブルーに染まる。

頼むぞ、憲伸。

先発は川上憲伸投手。セリーグ最多勝投手が負けるはずなどないので胴上げはもう確実。

はしゃぐドアラ。

試合は何が何だかよくわからないうちにドラゴンズが序盤で大量点を奪うわ憲伸が三振を27個も奪うわもう大変なことになった。

ホームラン連発。

ホームランも都合30本ほど飛び出した。

外野陣がパフォーマンス。

ドラゴンズ恒例、福留、英智、アレックスのユニークなパフォーマンスも。

涙の最終打席。

川相選手らしき人の現役最終打席。涙の止まらない川相選手らしき人にむかってファイターズ中島捕手が「泣くな、ストレートでいくぞ」と声をかける。そんな敵チームの粋な計らいに川相選手らしき人は走者なしで意味もなくバントを……。

優勝。

そしてついにドラゴンズ優勝!

マウンドに集まる選手たち。

マウンドに集まる選手たち。

シンジラレナーイ。

勝利監督インタビュー。いつの間にか激ヤセしていた落合監督が「ナゴヤノファンハセカイイチデース!」と雄叫びを上げる。

ありがとう。

ありがとう、落合監督!

表彰式。

そして最後に表彰式へ。

福嗣君。

シリーズMVPは福嗣君。スポンサー各社から賞金100万円が送られた。

ペナントを手に。

日本一のペナントを手に球場を一周する選手たち。右から荒木、山本昌、岩瀬、小笠原、井端選手。感動をありがとう!

感動で涙が止まらない。

この場にいることのできた幸運に自然と涙が出てきた。もう一度言わせて欲しい。感動をありがとう!

ドラゴンズ日本一おめでとう!

こうして我が中日ドラゴンズは日本シリーズを制覇することができたのだった。最高のシーズンだった。シンジラレナーイ。シンジタクモナーイ。


※この文章はフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。


取材・文/玉手秀明

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